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「ねえこれ貸して」 「え、ちょっと」 「いいから」  私の筆箱から夏奈は勝手にスタンプを摘まみ上げる。それから反対の手で私のスタンプシートを引き寄せた。ずらりと並んだ赤丸を彼女は見つめる。 「コレさ、最初は都子なりに勇気出すための儀式なのかなーって思ったから何も言わなかったんだけどね。それが逆効果なら教えてあげる」  とん、と音がした。  夏奈がマス目の外に私のスタンプを押す。赤い丸印がひとつ紙の上に置かれた。  けれど彼女の手は止まらない。 「気持ちはインクじゃないんだよ」  とん、とん、とん、と彼女は最初のスタンプを取り囲むようにリズミカルにスタンプを押していく。その音が、加速する。 「こころは紙切れじゃないし、容量は百個じゃない」  中心に折り目のあるシートの端に幾重にも赤丸が重ねられる。  積み重なって、溶け合って、新しい形が出来上がっていく。 「都子はよくわたしのこと理系脳って言うけど、わたしからしたら都子のほうがよっぽどだね」 「え、どこが」 「気持ちは定義付けできないの」  夏奈の言葉が突き刺さる。少し痛くて、ほんのりあたたかい気がした。 「感情ってほんと複雑なのよ。数式で筆者の気持ちはわからないし、図解で説明できるもんでもない。それが恋愛とかになればもう大変」 「どういうことよ」 「百個好きならどうとか、そういうんじゃないってこと。千個好きでもよくわかんなくなるし、一個好きなら一億好きでも敵わなかったりする」  夏奈はスタンプのキャップをしめた。もう用済みと言わんばかりに私の筆箱に戻す。  彼女の手元を見れば、何度重なったかわからない赤いインクがひとつの大きなハートマークを描いていた。 「恋はスタンプラリーなんかじゃないんだよ、都子」
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