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 すう、と息を吸った。放課後の空気で肺がいっぱいになって胸が少し膨らむ。  それから私はその空気を全部一気に吐き出した。 「はぁ~~そういうのはもっとはやく言ってよ、夏奈ぁ」 「いやあつい見てると面白くて」 「最後まで耐えられなくなったくせに」 「だってもどかしいんだもん。はやく次いこうよ」  向かいに座った親友は「青春は待ってくれないぞっ」とにやにや顔を浮かべた。  どの口が言うのかとも思ったが、その言葉に納得はできた。いつまでも私が彼のふたつ隣の席にいられるわけでもないんだよね。 「でも私の恋くらい私のペースでやらせてよ」 「そりゃあいいけど、オーディエンスのことも忘れないでよね」 「見世物じゃないんだけど」 「応援だよ、応援」  夏奈は握りこぶしを小さく掲げた。  それから「あ、そうだ」と掲げたこぶしをしまった。 「さっきはああ言ったけどさ。恋に定義はなくても解はあると思うよ」 「解?」 「だってコレは本物なわけでしょ」  両手で頬杖をついた夏奈は私の机の上をちらりと見た。  彼女の手に包まれるように乗った顔にはさっきまでのにやにや顔ではなく、やわらかい微笑みが浮かんでいる。 「都子は榊原くんのこと好き?」  夏奈は私にそう問いかけた。放課後の空気が揺れる。  私は少し考えた。考えて、考えるようなことでもないと気付く。  視線を落とした。私が今まで積み上げてきた赤色が目に入る。 「夏奈って私のこと好きだよね」 「ん? まあね」 「私の好きなとこ何個知ってる?」 「可愛い。可愛らしい。愛らしい」 「一個ね」  私は口角を持ち上げる。  恋にバロメータはない。だから比べようもない。比べるようなものでもないのかもしれない。  まだ自分の気持ちははっきりしてない。もやもやとして掴みどころのない答えを私はまだ捕まえられずにいる。  ――それでも。  これだけは胸を張って言えるんだ。 「私は榊原くんの好きなとこ、九十八個知ってるよ」  そう告げて立ち上がると、夏奈は呆然としてこちらを見上げた。机の上にあるほとんど赤色のスタンプシートを拾い上げる。  私はその紙切れを両手でぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱へ放り投げた。
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