序章

1/2
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ

序章

 なぁあんた、知ってるか?  この倭国には、命を操る死神が住んでるんだと。  正座した、したり顔の噺家はさくりと言葉を紡いだ。  昨今倭国の至るところで流行り始めた、茶屋の店先で行われる語り芸だ。  芸への駄賃は語りのあと。開けた店だ、よく通る語り者の声は茶屋前の路地に立っていたって聞こえるが、より良い席で聞きたければ茶屋の団子なり饂飩なりを買い求める。払いが良い客から席が決まる、単純ながらよくできた仕組みだった。  噺家は悠々とした仕草で、口上を述べていく。  この倭国は八百万の神さんたちが棲む国、言ってみりゃあ半分は神の国だ。  八百万もいようもんなら、俺たちに優しい神さんもいりゃ罰を与え仕置を与える神もいる。  死神っつうのがどちらの神か、それはまだわからねぇときた。  噺家が羽織をぱさりと背後へ降ろすように脱いだ。  聞き入る老若男女はみな、町人の次の言葉を待っている。  ある夜、ひとりの母親が医者の戸口を叩く。 『お医者様、お医者様、どうか起きてくだせぇ!』  この母親、ひとり息子が熱病にかかっちまった。医者様にもらった薬も効かねぇ、次に熱が上がれば命が危うい。そんときゃ医者を呼ぶように。そう言われていた子どもだ。  はじめのうちは、みなそれぞれに茶屋で買った食事や菓子に手を付けていたが、噺が始まってからはその食事を忘れたように手を止めていた。  母親に叩き起こされた医者は、熱にうなされる子どもを見に母親とともに長屋へ走った。  するってぇと、熱に浮かされた子どもの枕元へ、死に装束の骸骨がのっぺりと立っているのが視えた。医者はひとり息を呑む。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!