序章

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 死神は子どもの顔を覗き込んでいる。医者は驚いて息を呑んだ。そりゃあそうだ、死神なんてもんを見たことは一度だってなかったんだから。  けれども医者は命を面倒見る職業だ。死神がたった男子に、時間が残っているとは思えなかったろう。そうなりゃ、伝えぬ訳にはいかない。 「今晩は、ずっと隣にいてやりな」  その言葉の意味を、分からぬ母親じゃあなかった。母親はどうにか助けてやれないかと医者へすがりついたが、ただ医者は頭を振るばかり。  死神が虚ろな眼窩で見つめる中でどうにもできぬこともあるんだと、医者は母親の手を振り払った。  翌朝、案の定子どもは息を引き取った。  医者がこんな目に遭うのは初めてじゃあない。命が危うい病にかかった人間のところへ、この死に装束の死神はやってくる。そうしてこれから刈り取る命の顔をまじまじと眺めてた。  噺家の語りを聞きながら、ひとりの黒衣の着流しをまとった青年は串から団子を食んでいた。  人が死ぬのは、死神が命を刈り取っていくからだ。医師には死神が視えていた。死神が枕元に立っていたなら、その命は死神のもの。足元に立っているなら、まだどうにかやりようがある。  今語られているのは、そんな「死神を見る男」の噺である。  これからいよいよ終盤、といったところで、そばの団子に伸ばした手が強く引かれた。見上げると、ひとりの冴えない男が爛々とした目でこちらを凝視していた。 
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