第三章 ふたりの賢者

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 ただ、そもそも魔術の素養がないのなら、この妖精郷にたどり着くことはできない。  館へ入るには、己の足でたどり着く以外に方法はないのだ。  そして、命の魔女はこの妖精郷を離れられない。  彼女はこの妖精郷の楔だ。彼女がこの場所を離れれば、妖精郷は消えてしまう。  ふむ、と死神は思案するように視線を下げた。気になっていることはもうひとつあった。 「誰かに似てる気がするんだよね。僕の知ってる人?」 「答える義理はないだろう?」  つれない言葉を放つ彼女の表情はどこか人をからかうような気配をまとっていて、死神は少し意外に思う。命の魔女は言葉こそ怜悧だが、表情や気配は饒舌だ。この様子なら、死神の推測は当たっている。  死神は、この館で命の魔女以外に実体を持つ生物には会ったことがない。妖の類はよく見るが、彼らは触れることができないものだ。  軽いノックの後、失礼しますと扉の向こうで声がした。  入ってきたのは先程の少女だ。二人分の茶の準備をする仕草はどこかまだ慣れないようでぎこちない。  そこでふと、思い出したことがあった。この部屋に初めて通されたときのことだ。あのときは自分以外にもうひとり「客」がいた。彼が居なければ、ここへたどり着くこともなかった。  茶の準備を終えて立ち去ろうとする少女の命の蝋燭を再度視た。混じり合った蝋燭と火の色で確信する。  彼女の蝋燭の一部は、彼の色を帯びている。 「――あれが「お嬢様」か。きみが引き取ったのかい?」 「迷いこんできたのさ。覚えていたんだろう、ここへの道を」
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