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「みんな噂してんぞ」
「……勝手にさせておけば」
エレキのチューニングを終えて、恩田は弦を指先でなぞりながら僕をちらりと見やった。
無言の視線にこちらも無言で返すと、さほど感情のこもっていない声で「良いのか?」。
「良いも悪いも、どうせ九割は憶測にすぎないんだし気に病んだって仕方ないよ」
「そりゃそうだろうけどよ」
何か思うところがあるのか、恩田ははっきりしないままワンフレーズを弾きだした。
僕もそれにならってベースを抱える。
僕だって、まったく気にならないわけじゃない。むしろ逆だ。
今、僕は彼女にすべてを乱されている。
イヤホンから流れてくるバンドのイケてるリズムさえ、彼女の存在感には勝てないらしい。
ついさっき恩田に言った言葉がそのまま自分に返ってくる。気に病んだって仕方ない、だけどどうしたって気になるだろ、あれは。
集中できない。
一体どうしてくれるんだ。
かすかな苛立ちを読み取ったのか、恩田が「珍しいな、お前がそんな動揺するなんて」とつぶやく。
「いっそ活動妨害で訴えてやれば?」
「……やれることなら僕だってそうしたいよ」
恨めしく絞り出した僕の返事を聞いて、ケラケラと笑いだす恩田。
その間も、油断するとすぐにあの愛嬌のある顔が浮かんできてしまうものだから、僕は早々に抵抗することを諦めた。そういうことにした。
『私に君の曲を売ってよ』。
そんなたった一度のパワーワードで僕を硬直状態にした彼女は、間違いなく人類最強だと僕は思う。
報酬は私が推してる店の特製オムカレーね、と言い放つと、やはり人の返事を聞く気がないらしく、登場と同様颯爽と去っていった彼女。
愛羽 琳音。
名前だけは知っていた。
要するに、こんな僕でも知っているくらい、皆の注目の中心にいるような人物だった。
「……お、噂をすればってやつか。じゃ俺向こうで弾いてくるわー」
「は?」
突然恩田が立ち上がると、言葉通り別の奴らの方へ行ってしまう。
その横顔が何ともにやけまくっていて、直後、嵌められたことに気づく。
「おーい、浅野くん!」
ご丁寧に満面の笑みを添えた、それは彼女だった。
第一、なんで彼女が僕の名前を知っているんだ。僕が人気者の名前を知っているのはわかるけど、その逆は理解できない。
おおかた誰かが僕のことを売ったんだろう。そう思うと、ますます憂鬱になってくる。
誰が、一体、どうやって。
「昨日の依頼、考えてくれた?」
もちろん。どうやって断ろうか、丸一日費やして考えた。
僕のあんまり乗り気じゃない雰囲気を敏感に察知したのか知らないけど、彼女は突然自分の左胸にこぶしを置いた。
「君の曲、響いたんだよね。ここに」
彼女はいまだ浮かない気分の僕に向けて、にへらと表情を崩した。
なんだ、その動き。
心臓をこぶしで指すなんて、漫画かアニメかでしか見たことがない。
見たことがないのに、なぜか、彼女のそれはとても様になっていた。
「昨日のアンケートはね、実は試させてもらってたの」
「……何を?」
「浅野くんが、私の求めてる曲を作れる人かどうか、かな」
――自分の考えを、理想をはっきり言葉にあらわす人はすごい。
なんの恥じらいもなく言ってのける彼女の引力に、ずるずると引かれて、一部になっていくような感覚すらする。
要するに僕は、もう手遅れだった。
たかが高校生だ。
クオリティは言うまでもない。完全に趣味の域だ。
それでも彼女がいいと言うのなら。
こんなこと考えているなんておこがましすぎてどうかしているけど――むしろそれがいいと、言ってくれるのなら。
自分の気持ちの変化に一番驚いているのは、紛れもない僕自身だ。そう思いながら、口にした。
「わかった。引き受けるよ、その話」
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