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――月面『裏側』核発電プラント。
《緊急事態発生! 緊急事態発生!》
モニターが最上級の警告を表す真紅で埋め尽くされる。
《冷却装置制御不能! 全核格納容器内圧力急速上昇中! このままでは圧壊します!》
「何が起きたと言うんだ!」
どうにか事態を打開しようと周りのクルーが奮闘しているが。
「ダメです! 冷却機構、作動しません!」
ネガティブな悲鳴とアラームだけが跳ね返る。
「仕方ない……総員退避! 現時点を以てプラントを廃棄する。急げ、支援基地へ避難するぞ!」
現場責任者であるキーウィの怒声が響く。
「クソがっ!」
老いた技師が最後の粘りに賭けようとするが。
「やめろ! 今は生き抜くことが最優先だ!」
キーウィがその肩を強引に引っぱる。
「……支援基地本部に繋いでくれ。緊急用の月面脱出ボートの準備を。そう、全員分のだ」
最悪となれば核発電プラントを失うだけではない。その衝撃と電源喪失で月支援基地も大きなダメージを喰らうだろう。
更にはそれに留まらず最悪は。
キーウィは自然と荒くなる呼吸をどうにか落ち着けようと拳を強く握った。
――3時間後、人工島・種ケ島 宇宙船打ち上げセンター。
防波堤に打ち付ける波がいつもよりざわつくのは気の所為なのだろうか。海鳥の鳴き声がしないのは耳が捉えていないだけなのか。
平静を装っていても思考をまとめるのが難しい。ペングェンが上空を見上げる。
夜空は深い。
星の瞬きは凍るようで。
潮の匂いがいつもより濃いような。
風も幾分か強くなっている。木々の枝葉が不気味に揺れる。
生き物たちは皆んな分かっているのかも知れない。『いつもと違う1日』が始まろうとしていることに。
『一寸先は闇』と言うが、世の中は『予想外』で満ちている。世界的パンデミックに国を揺るがす大地震、急激な気候変動……どれも「まさかそんなことが」の連続だ。
そして今、自分たちは地球史的観点から見ても『まさか』という事態に直面している。
3時間前、月支援基地から緊急連絡が入ったのだ。『発電プラントが大爆発を起こした』と。……とりあえずキーウィの生存が確認できたのはホッとしているが、しかし。
その大爆発の影響によって月の公転軌道がズレたのだという。まるで太陽を周回する彗星の如く偏った楕円軌道に。
最接近して地球に迫る月は太陽を覆い隠し、広範囲が皆既月蝕の闇夜へと沈むだろう。それに。
地球は平素から月の引力によって潮の満ち引きが起きているが、干満の差が極端になるのは間違いない。
計算上、世界各地で1000メートル級の大津波が陸地を襲い続けるという。
明日の晩から始まる交響組曲『人類』の最終曲面。その楽譜に刻まれるのは終わりなきフォルティッシモのリフレイン。
今からの僅か24時間が、大多数の人類にとって最後の間奏となるのか。
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