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「世界政府は何と回答を?」
10分前。司令官のドードーはペングェンの問いに目を閉じ、静かに首を横へ振った。
「『どちらにしろ一般人には何も知らせなくていい』だそうだ」
「……承知しました」
ペングェンはそう短く答えて施設屋上へとやってきたのだ。
「戻るか。冷えてきたしね」
今さら風邪の心配なぞしても無駄かも知れないが。
静かな管制室の椅子に座り、プライベート回線で月支援基地につなぐ。
「聞こえている? キーウィ」
冷淡と陰口を叩かれる性格はこんな事態になっても変わらないものかとペングェンは少しだけ自分が嫌になった。
《……ああ》
短い答えが戻ってくる。
「怪我の具合はどうなの?」
《左足の出血はどうにか止めたが、血が足りねぇ。目が霞む》
それでも、命が残っただけで幸運だろう。太陽熱や放射線からクルーを守るため深い洞窟に作られた月支援基地は、核爆発に伴う大地震でそのほとんどが潰れたのだという。生き残ったのは、キーウィただ1人とか。
残存したバッテリーでどうにか連絡をとっているそうだ。
「あなたの元に向かえる対消滅エンジン宇宙船が1基だけあるんだけど。最後くらい傍に行ってもいい?」
冗談めかした、半分の本気。
《はは、定期便用の『貨物船』でか? 仕方ねぇよ、これも『運命』さ》
乾いた笑い声。
「……運命か。あなたはヴェートーベンが好きだったものね。私はモーツァルトがいいけれど」
こんなときは他愛もない話が一番いいのかも知れない。ペングェンはモニターを軽く撫でてみた。
《ヴェートーベンは高度な音楽を特権階級から大衆に解放した革命者だ。貴族に媚びたモーツァルトとは違う、偉大な男だよ》
「偉大? 『ジャジャジャジャーン♪』のワンフレーズをリフレインして一曲に仕上げる人が? モーツァルトは一曲にいくつものフレーズを詰め込むアイデアの泉よ」
ペングェンが口元だけで笑う。
《アイデア、か》
ふと、キーウィのトーンが変わった。
《もしも『ゼロってわけでもない』んだとしたら?》
「……どういうこと?」
《多分、地球側でも同じことをシミュレーションしているだろう。だから》
微かに声が震えているような。
《ドードー司令官に伝えてくれ。『俺の覚悟はとうにできている』と》
その一言で、ペングェンはキーウィの思考に確信を持った。
「……核爆発の影響で月の公転軌道が変わったのなら、同じような大爆発を月面を起こすことで――」
或いは、公転軌道を元に戻すことができる? いや、タイミングにしろ場所にしろ、爆発規模にしろ、『ジャスト』はまさに針穴を通すような。
「……大量の核兵器を月に送り込むの? でも、重たい弾頭を目標場所に運搬するのは簡単じゃないわ」
《違うよ。あるんだろ? 対消滅ユニットを積んだ宇宙船が》
ヘッドフォンからの落ち着いた声にペングェンの指が震える。
《そいつをこっちで暴走させる。ああ、計算は地球に任せるよ。後は俺が全てを引き受ける。はは……俺は明日、『英雄』になるのさ》
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