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「発射台」
「周囲視界良好!」
「天候」
「成層圏まで問題なし!」
「システム」
「オールグリーン、異常なし!」
ある程度は裏で検討されていた選択肢だったのだろう。ペングェンからの報告をドードーが受け、そこからの展開は早かった。
元から3日後の定期打ち上げに向けて最終調整をしていた機体だ。『すぐ飛ばせ』と言われればできないことはない。ただ、今回は少しだけ様子が違うというだけで。
「今回は加速性重視のため、予定輸送物資は全て降ろします。ただし、貨物として合計250キロを私に下さい。それだけあれば十分ですので」
普段はフライトディレクターを務めるペングェンがそう申し出たのだ。
「打ち上げ5秒前! 4! 3!」
カウントダウンが進んでいく。
「加速ブースター、イグニッション」
「キーウィは『自分一人でやる』と言ってますが、彼は怪我をしているようです。人類の命運を賭けるにはリスキーかと。ここは確実性を担保すべきと具申いたします」
ドードーの背後に立つペングェンの敬礼に迷いは感じられなかった。『宇宙船と共に、自らも月に向かう』と。無論、己の生命と引き換えの旅だ。
「……貨物は350キロだ。それなら許可する」
ドードーはペングェンの方に顔を向けなかった。
「2! 1! リフトオフ!」
猛烈な轟音と防熱用の水煙を残し、宇宙船が大空へと昇っていった。
「頼むぞ……人類の命運、その全てが掛かっている」
管制塔のガラスからドードーが臨む先で、真紅の炎を従えながら宇宙船が小さくなっていく。
「宇宙船、第ニ宇宙速度に到達。加速ブースターを切り離します」
本船は成層圏で後段の加速ブースターを切り離し、メインエンジンである対消滅ユニットを作動させる。
「対消滅ユニット作動開始、噴射ノズルに反応炎を確認! 更に加速を開始」
ビッグバンを引き起こした原因とも言われる『反陽子』を人工的に作り出し、これに通常の陽子を衝突させることで途轍もないエネルギーを発生させるのが対消滅ユニットだ。発生する熱があまりに高すぎて抑え込める『壁』を作れないのが核反応システムとの違いと言えようか。
「……けど、その『対消滅ユニット』を月面で暴走させたなら」
一刻も早く月支援基地に到着するため猛烈な加速に耐えることを余儀なくされる中、ペングェンは歯を食いしばりながらじっと前面のモニターを注視していた。
「間違いなく、そこらの核兵器より遥かに高いエネルギーを起こせるはず。月の軌道を戻すほどの力を出せても不思議はないはず!」
機体が安定し、月面がはっきりと見えるようになるまで4時間弱。人類最初の月面旅行が片道3日だったことを思えば大した進化だとは思うが。
ペングェンが月支援基地に入るのはこれで通算6回目になる。だが、これほどまでに月面のクレーターが不気味に見えた経験はない。
着地点が迫る。
まるで盲目のピアノ奏者に誘われた音楽家のように、宇宙船はゆっくりと速度を落とし始めた。
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