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「『こっちに向かっている』だって? お前は何を言っているんだ!」
月支援基地の通信室、キーウィがマイクに向かって怒鳴る。
「ペングェン、お前本当にこっちへ来るって言うのか? 馬鹿な真似は止めろ! お前のことだ、どうせクソ重たい緊急脱出ボートを積んでるんだろ? それですぐに船から脱出するんだ! 作戦が成功すれば後から回収してもらえる!」
《御名答、キーウィ。確かに緊急脱出ボートは積んであるわ。でもね》
ペングェンの声は落ち着いていた。ほんのりと余裕すら感じるほどに。
《それはあなたごと脱出するためのものよ。私が支援する。そして必ずあなたを連れて月を脱出してみせる》
「馬鹿な……月の公転軌道を変えるほどの大爆発だぞ?! 巻き添えを食らったら、緊急脱出ボートなんて一瞬で蒸発して終わりだ! いいか、すぐに戻れ!」
が、しかし。
《もう遅いわ。だって》
その瞬間、通信室のドアが軽いモーター音とともに開いた。驚いて振り返ったキーウィの視線の先に見慣れたブラウンの短髪と、甘い柑橘の香りが漂う。右腕の脇には船外活動ユニットのヘルメットが抱えられていた。
「もう、着いちゃったから」
「……」
キーウィが振り返った姿勢のまま、言葉を失い立ち尽くす。
「思わぬ遭遇だった? 怪我の様子、思っていたより酷くなさそうね。これは『よかった』と言っていいのかしら」
ペングェンの指摘した通り、キーウィの簡易宇宙服には大きな破れや血痕は見当たらない。せいぜい顔が汚れている程度。そして何より。
「ど……どうするんだ、キーウィ!」
同じ通信室には、他にも3人のクルーが驚愕の表情を浮かべたまま固まっていた。想定外の事態に混乱しているというか。
「おや? 皆さん、3人も生きておられて何よりです。久しぶりにお顔を直接に拝見できて光栄ですわ」
ペングェンは『さも当然』と言わんばかりに。
「……いつからだ」
キーウィがよろよろとシートに腰を下ろした。
「いつから気がついていたんだ? これが俺たちの起こした人為的事故だと」
「『最初から』に決まってるじゃない。馬鹿なの?」
ペングェンが鼻先でふんと軽く嗤う。
「隠し事があるときは音楽の話で私の機嫌をとろうとするクセは治ってないようね。前にも指摘したと思うけれど? ほら、浮気がバレて私と戸籍を分けたとき」
じろりと、ペングェンが通信室に居座るメンバーを見下ろしていく。
「……世界政府は? 世界政府は知っているのか」
キーウィが必死に声を絞り出す。
「さぁ? 『ありうる』とは見ていたでしょうね。何しろ厳重なセキュリティに護られた核発電システムをダウンさせられる管理権限を持っているのはキーウィ、あなただけなんだから」
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