報復学園

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報復学園

ぐるりと張り巡らされた外壁。 その上に伸びる有刺鉄線。 一見すると監獄の様なその場所は、 全寮制の専門学校だった。 「何なんだよ、ここは」 見るからに重そうな金属製の扉で閉ざされた校門に掲げられた、 【宝福(ほうふく)学園高等部】 の巨大な表札を見ながら、ケンはため息を吐いた。 「お前が押せ」 隣の父にせっつかれるまま、彼は恐る恐るインターホンを鳴らす。 「はい、ヒナタ校長ご推薦の転入生の方ですね」 扉の一部が開き、中からカーキ色の服を着た事務員の様な男が出てきた。 「フルカワさんと息子さんですね? はじめまして、事務のアラキと申します。まずは息子さんから、こちらへ」 にこやかで物腰柔らかなその男に案内され、ケンは学生寮へ向かった。 学生寮の入口近くにある保健室に案内されると、まずそこで待ち構えていた白衣の男に 腕まくりを指示され、 「入学の必須条件ですので、予防接種をお願いします。ちょっとチクッとするだけですから」 と、腕に消毒液を塗られて注射を打たれた。 その後、再びアラキに寮の空き部屋へと案内された。 「この部屋で、卒業許可が出るまで過ごして頂きます」 白い壁に囲まれた部屋の内部は、壁際の机とベッドと本棚に挟まれ、3畳位の狭い部屋が更に狭く感じられた。 窓には脱走防止なのか、鉄格子がはめられている。 「おい、これって・・・」 「よく、刑務所の独房の様だと言われております。でも、お父様は既にあなたの事を教育委員会に自己申告された。 故に、当学園への転入が決定したわけでございます。尚、法律に基づき、あなたには一切の拒否権はございませんのでご了承ください。 後程、説明に伺いますので」 そう言うと、アラキはケンと荷物だけを置いて、ドアの鍵を掛けて立ち去ってしまった。内側からは開けられない仕組みらしい。 「おい、おいっ!!俺は何も聞いてねえぞーっ!!」 幾らケンが叫んでも、ドアを叩いても、彼の声が静かな寮内にこだまするだけ。 仕方なく、窓から鉄格子越しに外を見ると、 父親が大きく肩を落としながら帰ろうとする姿が見えた。 「おーいっ!!親父ーっ!!」 ケンが全力で叫ぶと、父は振り返ったが・・・悲しそうに目を伏せて再び息子に背を向けて校門を出ていった。 「そんな・・・俺が何したってんだよ」 ベッドに腰掛けてがっくりと項垂れていると、 ドアがノックされた。 「アラキです、設備と校則の説明を・・・」 その後ケンは案内された食堂で学食を食べ、風呂に入り、早々に床に就く事にした。 上履きが隠された朝。 机の中の教科書やノートには酷い落書きがされている。 顔の見えない連中にトイレの床に落とされたおにぎりを差し出され、逃げ込んだ個室の上からホースで水をかけられ・・・ 「やめろっ!」と叫びながら外に飛び出すと、 逃げて行く連中の後ろで、1人悲しい瞳でこちらを見つめる同級生と目が合った。 「お前は・・・」 そこで、ケンは目を覚ました。 全身汗びっしょりで。 着替えて食堂で食事を取り、 朝礼で紹介され、 一通りの授業に出席する。 寮暮らし以外はなんの事もない様に思えたが、ケンは違和感を感じ始めていた。 生徒達全員が大人し過ぎる。 誰も雑談をせず、笑いもせず、多くが無表情か暗い表情で、不気味な位に規律が取れている。 決定的だったのは、休み時間。 金髪の生徒が、眼鏡をかけた小柄な生徒に何やら因縁を付けて殴りかかろうとした瞬間、 ボキッ 「ぎゃあああああああああっ!!」 痛そうに折れる音と共に、腕から激しく血が噴き出し始めたのだ。 眼鏡の生徒は涼し気な訳知り顔で、 「校則にも書いてありましたよね?暴力は厳禁だって。早々に保健室に行った方がいいですよ」 と言い放って去って行った。 怖くなったケンはそれ以上どちらも深追いせず、教室に戻った。 次の授業の途中で戻ってきたその生徒は、 ギプスで固定した右手を三角巾で吊って戻ってきた。 昼休憩になり、ケンが食堂に向かっている時。 ふと歩きながら窓から中庭を見ると、見覚えのある生徒がベンチに座っていた。 「スグルーっ!!」 手を振り大声で叫ぶケンに外の生徒は気付いたらしいが、彼をちらっと見たきり隣の建物へと消えていった。 スグルはケンがかつて通っていた高校のスクールカースト上位の生徒だった。 親が国会議員であるスグルの言う事はクラス内・・・否、高校内では絶対で、ケンはその腰巾着としていろいろ美味しい思いをしてきたが、ある日突然彼は転校してしまった。 担任や校長に聞いても要領を得なかったのだが・・・。 食堂で、生徒手帳をめくるケン。 (あいつも、ここへ転入させられたのか? でもあの建物は確か・・・) ケンが先日アラキからもらったこれには校則だけではなく、ここの建物の紹介と案内図も載っている。 (やっぱり、特別棟だ。 特別棟・・・つまりVIPクラスという事なのか? あいつはどこまでも特別なんだな) 等と思っていると、 「フルカワ君、だね?」 「は、はい」 先程の眼鏡の生徒が話しかけて来た。 「初めまして、私はここで監視員を勤めているマエダと申します」 「えっ、生徒じゃないんですか?」 「はい、敢えてこの姿で巡回しています。 先程、警備員経由でシンドウ君から言伝を預かりまして」 そう言うと、マエダは何やらメモをケンに渡し、 「あちらの警備には、話をつけておきましたので」 と、会釈して去っていった。 メモにはスグルの筆跡で、 『全授業終了後、特別棟入口で待つ』とあった。 そして、17:30。 「スグル!」 「久しぶりだな、ケン」 特別棟前で待っていたスグルは、 ケンとつるんでいた時と比べて大分痩せた・・・と言うより、(やつ)れて見えた。 「ずっと心配してたんだぜ?突然転校しちまってからさっぱり音沙汰がなくて」 「悪ぃ。何せ電波遮断されてるし、他に連絡手段がなくて」 「そう言やそうだなぁ」 そこで初めて、ケンはスマホが使えない事に気付いた。 「なぁ、なんでスグルはここに・・・」 「加害者だからな」 ケンの質問を遮る様に、スグルは答えた。 思わず目が点になるケン。 「・・・へ?」 「『いじめ加害者対策法』、ニュースとかでやってただろ?」 20XX年―― 過激化する学校内のいじめに対して、 ついに国がその撲滅を目指した新しい法律を制定した。 それが、【いじめ加害者対策法】。 被害者の保護はもちろん、加害者に対しての罰が、見せしめという意味も込めて徹底的に行われる事となった。 それに伴い、被害者が警察及び教育委員会の専用窓口に直接通報する事で、加害者の特定とスピード逮捕が可能になった。 「まさか・・・それで誰かにチクられて?」 ケンの一言に、スグルは頷いた。 「オレがスクールカースト上位を保持するために何をしてきたか、どれだけの連中を踏み台にしてきたのか・・・全部、親にも教育委員会や警察にもバレちまって。 それで、親父から何が何だか分かんねーうちにここに送られてきたって訳だ。ちなみに親父は責任取って議員辞めたらしい」 そこまで聞いて、やっとケンは彼と自分が置かれている状況に気付き始めた。 「じ、じゃあ・・・ここ、宝福学園って・・・」 「ああ。ここはいじめ加害者にとっての刑務所みてーなもんだ。宝福学園・・・被害者に代わって『報復する学園』って意味もあるんだろうな。 お前もここの生徒達に会っただろ? 俺もお前もあいつらも皆、加害者としてここに連れて来られて、現在進行形で矯正されているって訳だ」 「現在進行形?」 ケンが首を傾げると、スグルはため息を吐いてから質問し始めた。 「昨夜、恐ろしい夢は見なかったか?」 「え・・・確かに、いじめられる夢を見た」 「校内で妙な光景は見なかったか?」 「あ、そう言えば、殴ろうとした奴の腕が爆発して」 その回答を聞き、スグルはうんうんと一人納得しながら解説した。 「それ全部、入学当初に打たれた予防接種のせ いだからな。最新鋭の『ハムラビ』ってナノマシンらしい」 「ナノマシン?ハムラビって・・・まさか、『目から目を』とかの?」 「そう。正に、自分がやってきたいじめ行為を毎晩夢の中で心身共に食らい、暴力を振るおうものなら自分にダメージが返ってくる訳だ」 「だから、皆あんなに暗くて静かだったのか・・・」 ケンは合点がいった。 皆、毎日夢の中で、いじめを被害者側で追体験していたのだ。 「そう、教育で外側から、ナノマシンで内側から矯正していくのが我が校のシステムでしてね」 声の方を振り向くと、そこに居たのは上品そうなスーツの男。 「初めまして、ここの校長のヒナタと申します」 にこやかにケンに挨拶したが、その目は決して笑っていない。 「さてそろそろですね、シンドウスグル君。お別れの挨拶は済みましたか?」 「いえ、まだ・・・」 「それはいけませんね。特別矯正教育が始まったら最後、被害者が許すまで出られなくなるのですから」 「ですが、まだここに来て初日のこいつには受け止め切れるか・・・」 「ち、ちょっと、どういう事だよっ!? 特別矯正教育って」 何やら深刻そうなスグルと校長の会話にケンは不安を感じた。 それを察して、校長は解説を始めた。 「まず、いじめ加害者と特定された生徒は、 法律で中心的実行者、加担実行者、傍観者に分類され、その加害の程度から更に等級分けされます。 軽度は警察及び教育委員会による補導、 中程度は審判の後に少年院送致、 そして重篤と判断された場合、 うちの様な『いじめ加害者矯正専門学校』に送られて来るわけです」 「せ、専門学校、って・・・じゃあオレがここに来たのは、スグルの腰巾着だったから?」 ケンの反応を見て、校長は鼻で笑った。 「『重篤にランク付けされているのは納得行かない』って顔してますねぇ、フルカワ君。 ご自身で、よーく思い出してみる事です」 「特別矯正教育って・・・」 「被害者及び被害者遺族の采配による、君も見たあの悪夢の強化版と言っておきましょうか。 被害者の気が済むまで、延々と繰り返される精神的矯正教育です」 ケンの脳裏に、ベッドに縛り付けられて奇妙な装置に頭を繋がれるスグルの姿が浮かんだ。 「ではシンドウ君、参りましょうか」 「はい」 校長に促され、スグルは力無く頷いた。 「スグルっ!」 「ケン、多分お前も俺と同じ様になる。覚悟しとけ」 そう警告すると、スグルは警備員に連れられて特別棟の中へ去って行った。 ケンはただ、それを見送るしか無かった。 寮に戻ってから、ケンは生徒手帳に書かれた『いじめ加害者対策法』の欄を見ながら考えた。 (スグルがいろいろやってた噂は聞いてたけど、俺はその現場にはいなかったから加担者ではないはず。傍観・・・していたかどうかも微妙だから・・・スグル関連じゃないのか?) ベッドに寝転びながら、彼は昨夜の夢を思い出していた。 (あの顔・・・確かに、高校じゃないな。中学時代だとしたら・・・あ、) 「よーく思い出してみる事です」 校長の笑っていない目と、夢で見た悲しそうな目がどこか重なってきた。 「まさか・・・そう言えば確か、あいつの名字も、『ヒナタ』だった・・・」 全てを思い出したケンは、身体の震えが止まらなくなってきた。 「今度は俺が、いじめ返されるのか・・・」 一方、校長室。 校長は、妻に電話を掛けていた。 「サトシの具合はどうだ?――そうか。じゃ、代わってくれ」 「もしもし、父さん?」 妻は早速、息子のサトシと交代した。 「サトシ、いいか?お前の仇を入学させておいたから」 「・・・フルカワ君?」 「そうだ。お前の事をすっかり忘れて『どうして?』って顔をしていた」 「酷いね。僕は寝ても覚めても忘れた事は無いのに・・・どうして、いじめた側って忘れちゃうんだろうね。僕達はずっと覚えているのに」 「どうする?特別矯正教育という手もあるぞ」 「ちょっと、考えさせて」 「いいだろう。しかし、よりによって父親も息子も、いじめ加害者だとはなぁ。歴史は繰り返すという事か」 「お父さんの事だから、あいつの父親の事もマスコミ辺りに告発したんでしょ?」 「もちろん。あいつは社長を辞めたそうだよ」 校長が呟きながら見つめる家族写真には、妻と共に微笑む息子サトシの姿。 息子が同級生に陰でいじめられ、中学卒業後に屋上から飛び降りて植物状態になってから2年後。 引っ越したいじめ加害者が見つかったのと、息子が奇跡的に目を覚ましたのは同じタイミングだった。 「これぞ天の采配、かな」 校長は来たるべき時を思い、どことなくワクワクし始めていた。
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