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親友
まだ梅雨の名残のある少し肌寒い7月の事、私はある男からこんな相談を受けた。
「今日は俺が払う。だから俺の話を聞いてくれ。そして俺にお前なりのアドバイスをしてくれればそれでいい。こんな話ができるのは、親友のお前をおいて他にない」
15年ぶりに安酒場でそう私に言ってきた男の名はSといって、中学生の頃からそれなりに良く知っている奴だった。
旧友と呼べば良いのか、彼は地元では有名な商社に勤め、十年勤務の末、社会的地位も幾らかはでき、今まさに人生の地盤というものが固まりつつあるという。
「しかしだ、地盤を固めるには小なくとも水が必要だろう?」
セメントの話をしているのかと思えば、Sはどうやら今後の人生に於ける伴侶が欲しいという話をしているらしかった。
Sは昔から無頼漢のような男で、二十歳の頃に辛うじて職に付き、大した苦労もせず運だけで今の地位を得たと言うところ、その無頼漢たる中身は昔と何ら変わっていないようだった。
「つまりな、そこでだ。人生の伴侶を欲している今、お前は俺にどんな女が一番合うと思う?信用のできるお前の意見をまずは聞いておきたいんだ」
信用のできる奴だと言われ嫌な気分になる人間はまずいないと思いたいが、この無頼漢のような男の言うことである。信用は出来かねたが、そこは真当かつ当たり障りない返答で、その場を逃れるのが最善であった。
こんな話は、到底不毛を極めるのが落ちだ。
「そんなの、自分がいいって思った女を彼女にするなり奥さんにするなりすればいいじゃあないか。人生の伴侶探しに他人の意見など、全くと言っていい、あてにならんさ」
私は言ってさつま揚げに手を伸ばそうとすると、Sは訝しげに私を見て、もっともなことを言うやつだ、つまらんと吐いた。
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