一歩前へ

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一歩前へ

「詠臣さん……今、残念な事に気がつきました」  詠臣の部屋に辿り着いて、お湯を沸かし、暖房が効いてきた温かい部屋でお茶を飲みながら、寧々が話しはじめた。 「なんですか?」  ダイニングテーブルの前の席に座る詠臣が聞く。 「ゴロゴロするには……詠臣さん、そのお似合いの軍服、脱いじゃいますよね。写真撮っても良いですか?」  寧々がパーティー用のバッグからスマホを取り出した。  元々精悍で凜々しい詠臣の軍服姿は、鑑賞に値した。パーティー会場でも、ホテル内でも女性だけで無く、人々の羨望の眼差しを集めていた。 「私は、寧々の写真が撮りたいです。部屋に飾りたいです」  詠臣に真剣な顔で見つめられ、そんな事を言われて、寧々の顔がみるみる紅くなっていった。  寧々は詠臣だけが注目を集めていると思っていたが、その中の半分は寧々を見る視線だった。特に男性達の目は、美しい寧々を追っていた。そして、その後、彼らは隣に立つ詠臣に嫉妬と羨望の目を向けていた。 「じゃあ、一緒に撮りましょう」  寧々が照れくさそうに言った。 「そうですね」  詠臣は微笑むと、椅子を引いて腕を広げた。 (こ、コレは……詠臣さんの膝の上に座って良いという事でしょうか?それは……凄く……照れくさいけど、嬉しい!)  ドキドキしながら立ち上がって、詠臣の側まで歩き、目の前に立って改めて彼を眺めた。 (素敵すぎます……凜々しい眉に、切れ長で色気の溢れる目……厚みのある鍛えられた体……それに外見だけじゃなくて、内側から溢れる詠臣さんの包容力ある、落ち着いた優しい雰囲気……無理です……顔がニヤニヤしてしまう、きっと私、今気持ち悪い顔してます) 「……寧々と居ると、君に良く思われたくて、振る舞いに気をつけたいと思うのに……上手くいかない……」  詠臣が苦笑しながら、寧々の腰に腕を回して引き寄せた。 「あっ…」  寧々は、ふわりと、詠臣の足の上に座らされた。  硬くて温かい太股が生々しく感じられて、落ち着かない。綺麗な黒い瞳に見つめられて、恥ずかしさで言葉がでない。両手でスマホを強く握りしめた。 「寧々……綺麗です…」  詠臣が寧々に顔を寄せて囁いた。 「っ!」 (大好きな人に、見つめられて、そんな事を言われたら……もう駄目!)  愛しさが溢れて、耐えきれなくなり詠臣の首に腕を回して抱きついた。 隙間無いようにギュッと抱きつくと、軍服の胸元や肩に付いた功績賞や階級章が当たって痛い。  詠臣の腕が寧々の背中に回って、そっと抱きしめ返した。 「……愛してます」  詠臣の低い声で紡がれた言葉が、寧々の心に響く。 「私もです」  とても幸せで、嬉しい気持ちに満たされながら、頭の中には先ほどのキエト少佐の顔が思い浮かんで、首を振った。 「寧々?」 「写真……忘れてましたね」  寧々が詠臣から少し体を離して微笑むと、詠臣もつられて笑った。 「貸して」  寧々の前に詠臣の大きな手が広げられた。寧々は握っていたスマホを詠臣の手に置いた。指紋認証されている詠臣が寧々のスマホを操作して、カメラモードにすると長い腕を伸ばした。 「すごく恋人同士みたいで、照れますね」  寧々が照れて笑いながら、詠臣の首元に埋まるようにカメラを見上げた。 「みたいですか? 私は寧々と結婚を前提にお付き合いして貰っているつもりですが」 「いえ、これは言葉のあやというか……」  冗談めかして問い詰める詠臣に、寧々が焦って言い訳をした。 「寧々の恋人が、今後ずっと私であるように努力します」 「え、詠臣さん!」  虐めないでください、と寧々が抗議をする。 「すみません。ただ、少し不安に思っただけです。貴方はとても魅力的だから……いつか誰かに奪われそうで……」 「それは、私の台詞です!私は、いつも詠臣さんの周りの女性に嫉妬してます」 「必要ありません」 「っ!」  詠臣が不意を突いて、寧々にキスをすると、カシャっとシャッターの音がした。  驚く寧々に詠臣がスマホを返した。そして、その手が操られるようにテーブルに向かわされ、スマホはテーブルに置かされた。 「写真は、また改めて撮りましょう……」  詠臣が、寧々の頬、眉間、唇にキスを降らせた。 「貴方が嫌でなければ、もっと近づいても良いですか?」  詠臣の目が、声が……いつもと違う。  興奮して、熱を帯びたそれが、寧々を煽る。  寧々は、直ぐに答えたかったけれど、込み上げてくるものに声を詰まらせ、それでも何か返事をしようと、焦り、ぶつかるように詠臣の唇にキスをした。  少し驚いた詠臣が、優しくない笑顔を浮かべた。
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