一番大切な人に居てほしい場所

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一番大切な人に居てほしい場所

 部屋に帰り着き、詠臣と手を繋いだまま、寧々はソファに誘導された。 「それで、どうしてあのような事態に?」  ソファの隣に腰を下ろした詠臣は、太股が触れあう程近づくと、膝の上に手を組んで、寧々の顔を覗き込んだ。 「あの! 先に、質問をしても、いいですか」  寧々は膝の上の手をギュッと握りしめた。 (聞かなくちゃ……)  そう思い、口にしたけれど、緊張で喉が詰まる。 「どうぞ」 「……詠臣さんが、軍を辞めるって……本当ですか?」  詠臣の眉が、少し顰められ、何かを察したような顔をした。 「飯島に会いましたか? 先ほど押しかけてきたので、玄関先で話をして帰しました」 「それで、どうなんですか……」 「本当です。いくつかの企業に話を聞きに行きました。再就職先に目処が立ったらお話ししようと思ってました……」  詠臣は体を起こして、寧々の肩を抱くと、話すのが遅くなってすみません、と謝った。  寧々は、すぐ近くにある詠臣の顔を見上げた。 「詠臣さんは……本当は辞めたくないんじゃないですか? 私の事を考えて、日本に残る事にしたのではないですか?」  寧々は、詠臣の顔を見ていられなくて、目を閉じ、反対に顔を向けた。そんな寧々の手を、詠臣が握った。 「違います。今回打診されたのは、十年という通常考えられないような期間でした。私は、十年もSDIで過ごす事は考えられません。それに私は、寧々と離れて暮らしたくありません。私にとって、軍人であることよりも、寧々の夫である事の方が遥かに重要で幸せなことです」  優しく握られた寧々の左手が、詠臣の顔に引き寄せられ、左指に填まる指輪に口付けをされた。  寧々の心臓が、とくんと高鳴った。  真剣な目で寧々を見つめる詠臣のこの気持ちが嘘だとは思えない。 (私も、詠臣さんと一緒に居たい。詠臣さんが、安全な仕事についてくれれば、それは嬉しい……だけど、このまま詠臣さんの優しさに甘えて良いのかな? 仲間思いで、軍で海竜と戦い、市民の平和を守ることに誇りを持っていたのも詠臣さんの本当の気持ちなはずなのに……それを私のせいで我慢させてしまうのは嫌……) 「私は、一緒に……詠臣さんと一緒にSDIに行きたいです!」  寧々は、詠臣の顔を真っ直ぐに見つめて言った。 「駄目です」  詠臣は、厳しい表情でハッキリと言った。 「どうしてですか? SDIは配偶者も居住できるルールですよね」 「あんな危険な場所に、貴方が住むなんて考えられません。私は、愛する人に安全な場所に居て欲しいのです」  お見合いの日に、詠臣が言っていたことを思い出した。 「毎日、あちらのニュースを見ています。現地の記事にも目を通しています。当初と違ってSDIでの民間人の負傷者は、去年一年間で報告されたのは、軽傷者が数人です」  匠と琳士がSDIに行ってから習慣化された、現地のニュースと新聞の電子版のお陰で言語も習得できて、軍事関連の用語にも強くなった。お陰で今の仕事にも繋がって居るので、今も毎日欠かさない。 「ここで、貴方が海竜の被害にあって軽傷を負う事が現実的にありますか? それに、この治安の良い日本ですら、貴方を狙う不埒な男が絶えません。 あそこは軍事島です。各国の軍人ばかり集まった島です。住人の八割が男性です。貴方が、あそこで暮らすと考えるだけで、気が狂いそうです」  詠臣の手が寧々の手から離れ、寧々の細い顎に触れた。 「詠臣さん……」  詠臣の顔が近づき、食らいつくように口付けられた。何度も角度を変えて、与えられる執拗なキスに、寧々が眉をひそめて困惑する。 「貴方は私の最愛の人です……」 「私にとっても、そうです!」  寧々は、詠臣の胸に手を当てて、彼を突き放した。 「私も、詠臣さんを愛しています! だからこそ、貴方の生き方を邪魔したくないんです」 「……飯島に、何を言われたんですか?」  詠臣の優しい目が、鋭く細められた。 「そ、それは関係ありません……一緒にSDIに行ったら、ちゃんと大人しくしています……だから……」 「それだけではありません。向こうには貴方の体をよく理解している主治医がいません。貴方が息抜きに会って話をする友人も、それに日本とは比べものにならない緊急警報がなります。海竜もすぐソコに現れるんですよ!」  いつになく怖い顔で肩をつかまれた。 「大丈夫です」  寧々が、そう言うと、詠臣が天を仰いでため息をついた。 「やめましょう。寧々は嫌ですか? 軍人でなくなった私に価値はありませんか」 「違います! そうじゃなくて、私は……」 「寧々が私を思って言ってくれているのは理解しています。ありがとうございます。でも、私から寧々を奪わないでください」  詠臣は寧々の体を引き寄せて、抱きしめた。 寧々は、嬉しさと、申し訳なさで複雑な気持ちだった。これは、散々悩んで導き出した詠臣の結論なんだろう。だから、詠臣の意思に従って、このまま二人でここで暮らすのが良いのだろうか? (でも……もし、私ではなく健康で普通な女性が妻だったら、詠臣さんは、一緒にSDIに行ったんじゃないかな……もし、飯島さんのような軍人だったら? お荷物どころか、サポートだってできたはずで……こんな考え、意味なんてないのは分かっているのに、嫌な思考が止まらない) 「……寧々」  詠臣が寧々の体を押し倒した。  寧々は詠臣に求められ、愛されるなか、焦燥感に駆られていた。
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