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離婚
「おかえりなさい」
寧々は、詠臣がどう思ったのか心配で、不安げな顔で迎えた。
(詠臣さん……怒ってるよね……勝手な事をして)
「ただいま」
そして、後ろめたい思いのある詠臣は、寧々の顔を真っ直ぐに見られず、寧々もまた詠臣から目を逸らしていた。
「お疲れ様でした」
「ありがとう」
何時もならば、帰って来るなり、抱き寄せられたり、キスされることもあるのに、寧々は詠臣の存在が遠く感じた。
(やっぱり……怒ってる。どうしよう……でも、ちゃんと話をしないと……)
「寧々、話があるのですが、良いですか?」
「は、はい!」
自分から切り出そうと思っていた所に、詠臣から言われ思わず体が震えた。
連行される気分で、詠臣の後を追い、リビングの椅子に向かい合って座った。
「あの……ごめんなさい、勝手に……」
寧々は、スカートの膝部分をギュッと握りしめて俯いた。いつもは眺めていたい詠臣の顔が見られない。
「その件に関してですが、私も謝らないとなりません」
「え?」
思わず顔を上げると、詠臣と目が合った。射貫くような視線に弱気になる。
「貴方の採用を取り消してもらいました」
「えっ……それは……」
「上から手を回して貰いました。今後、貴方がSDI内の仕事に採用されることはありません」
何時もと違う、厳しい物言いの詠臣に、寧々は緊張で喉がカラカラになった。自分には甘いばかりの詠臣だったが、彼の本来持っている重圧感に逃げ出したくなる。
「私はSDIの派遣に応じて、三年ほど向こうに行きます」
「じゃあ!」
自分も一緒にいって良いのかと思い、寧々は微笑んで詠臣を見上げた。
「貴方は、連れて行けません」
「……どうして」
喜んだのもつかの間、詠臣の言葉に寧々が沈んだ表情になる。
「待っていて欲しいとは言いません。もし……貴方が無理にも付いてくるというなら、立ち入れないように離婚も考えています」
「っ⁉」
詠臣から飛び出した、言葉に驚き、寧々は口に手を当てて、俯いた。
(どうして? 何で? そうなってしまうの? そんなに私はお荷物なのかな……)
「貴方が離婚を望むなら……私は何もいりません。全て寧々の希望通りに」
「ちょ……ちょっと待ってください!」
不穏な話を淡々と進める詠臣に、寧々が立ち上がった。
「はい」
困惑して立ち上がった寧々に対して、詠臣は相変わらず冷静で微動だにしない。寧々には、詠臣のその様子が信じられなかった。
「私は……一緒に行きたいです! 詠臣さんの側に居たいです」
「……」
「詠臣さんの邪魔にならないように気をつけます! 私……私!」
「……興奮しないでください」
「っ!」
寧々の体を心配して出た詠臣の言葉は、寧々には否定的に届いた。
「この部屋は貴方が一人で住むには広すぎますし、もっとセキュリティの良い所を探しましょう。もう基地に近い必要もありません」
「……」
「寧々!」
ボロボロと涙を流し始めた寧々を見て、詠臣が目を見開き、椅子から立ち上がったが、抱き寄せるのを躊躇い、その腕が宙に彷徨った。
「もう……連れて行って欲しいなんて、言いません……」
寧々は、情けなく泣き出した顔を見られたくなくて、詠臣の胸に額を押しつけた。ポタポタと詠臣の服に涙が落ちて染みこんでいく。
数日前までは、幸せな気持ちで抱きついていたのに……どうしてこんな事にと、自分の浅はかさに後悔が止まらない。
「だから……せめて、此処で待たせてください……」
「すみません……貴方の希望に添えなくて」
詠臣の腕が寧々の背中に回された。
(それって……待つのも駄目って事ですか……詠臣さん、もう私に愛想がつきちゃったの……勝手なことして逆らったから⁉)
ショックで涙が止まらなくなった寧々を、詠臣が抱きしめて、謝り続けた。
次の日、目も腫れるし、頭痛もするなか、採用の取り消しのメールが来て、寧々の気持ちはどん底まで沈んでいった。
そして、ノートパソコンの充電器をとりに詠臣の部屋に行き、いつも整頓されている部屋が、少し散らかっていて驚いた。
(これって……まさか、荷造り……)
その想像に血の気が引く。がっくりと詠臣のデスクの椅子に腰掛けると、そこに置かれた黒い手帳を見つけてしまった。
(駄目……見ちゃ駄目……でも、いつ日本を発つとか、そういう事知りたい……でも、駄目……あぁ、見たいよ!)
手帳に手を伸ばして、引っ込めてを繰り返した。
(挟まっている紙は何だろう……辞令とか?)
重要な事が書いてあるのでは無いか、そう思うと手が止まらなかった。手帳から、それを引き抜き、開いた。
「っ⁉」
紙には緑の字で、離婚届と書かれている。まだ、空欄は一つも埋まっていない。
「うそ……うそだよね……」
寧々は破り捨てたい衝動に駆られた。
(でも、これ無くなってたら、何処に行ったか聞かれるよね⁉ そしたら、確実に離婚の話されちゃうよね!)
寧々は綺麗に折りたたんで、手帳にもどした。心臓の鼓動が耳元から聞こえる気がする。
「……」
居ても立っても居られずに、立ち上がってウロウロと無駄に歩き回った。
(見てない! 私は何も見てない……知らない……)
部屋から出て、リビングに戻り、パソコンの充電器を借りてくるのを忘れたけれど、もう一度行く気にはなれなかった。
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