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一緒に
「……」
「……寧々」
日付が変わった夜中に、寧々が目を覚ました。ぼうっとした表情で、視線だけが頼りなく動いていた。詠臣が、驚かせないように、優しく声をかけた。
「目が覚めましたか?」
「詠臣さん……あれ……」
寧々の視線が、点滴や医療機器を確認して、詠臣の顔を見た。少し頭を動かすだけで、後頭部と首元、肩に痛みが走り、思わず眉をひそめて呻くと、詠臣が苦しそうな顔をしていた。
「わたし……あっ……あぁ!」
「寧々、落ち着いて、動かないで」
ボンヤリとしていた頭で、先ほどまでのことを思い出して、起き上がろうとした寧々を詠臣が優しく制した。
「もう大丈夫です」
詠臣は、寧々を安心させようと、微笑んで優しく手を掴んだ。その頼りない小さな手が微かに震えているのを感じ、詠臣が唇を噛みしめた。
「詠臣さん……」
寧々は、助かったという安堵と、思い出した恐怖に涙を浮かべた。
知らなかった。一方的な暴力が、こんなに恐ろしいもので、痛みが思考も行動も萎縮させてしまうだなんて。
(あのまま……あの人に、ずっと二人の居場所を聞かれてたら……私、ちゃんと言わないでいられたのかな……凄く、怖くて……逃げ出したかった……もしあのままだったら……)
寧々は、自分の弱さに情けなくなった。
「寧々、どうしました? 何処が傷みますか?」
ポロポロと涙を流す寧々の姿をみて、詠臣は心配で仕方がなかった。代われるものならば、直ぐにでも代わってあげたかったが、残念だがそうはいかない。
「詠臣さん……私、怖かった……相手は人間なのに……詠臣さんは海竜とだって戦っているのに……すごく怖かった……」
「当たり前です。すみません……私がもっと早く……」
詠臣が眉をひそめて立ち上がり、寧々の怪我に触れないように覆い被さった。
「怖い思いをさせてすみません……こんな怪我まで……」
「詠臣さんは、何も悪くないです……あの人は……どうなりました?」
「……指名手配中です」
「……葉鳥 仁彌という人です」
「っ!」
詠臣が寧々から体を離して、驚愕した顔で見つめている。
「殺人事件を起こして服役してたけど……出所したみたいで……私、あの人の子供と幼馴染みだったんです……二人の行方を知らないかと聞かれました」
「寧々……答えなかったのですか」
「……」
偶々、詠臣が来てくれたから、答えずにすんだ。寧々は、それが後ろめたかった。あのまま暴行を受けていたら、話してしまったかもしれない自分が恥ずかしかった。
「相手は殺人犯ですよ! どうして……そんな危険なことを……」
詠臣は、怪我人で、しかも恐ろしい思いをした妻に対して、こんな事を言ってはいけないと分かっていたが、黙っていられなかった。
詠臣は、あんな殺しても死にそうもない軍人を庇って、寧々が危険な目に遭うのが許せなかった。
「本当に……ちゃんと知っているわけじゃないですし……それに、きっと……もうちょっとで話してました……怖かった……詠臣さんが来てくれてよかった……」
寧々は、震える手を上げて詠臣のシャツを掴んだ。
詠臣は、寧々の性格をちゃんと理解している。例え、これが葉鳥兄弟でなくても、彼女は、きっと最後まで話したりしなかっただろう。しかし、寧々が誰かを庇う為に傷つくなんて、詠臣には許せなかった。
「もう、二度と……誰かの為に傷つくなんて、辞めてください。私が……どれほど!」
「詠臣さん……」
詠臣は寧々の手を握った。
「こんな怪我をした貴方を見て、発作を起こして倒れた貴方を抱いて、どれほど心配したことか! 怖かったです……寧々にもしもの事があったらと……恐ろしかった」
今にも泣きそうな顔で寧々を怒る詠臣に、寧々は驚いた。
(まだ……こんなに心配して貰えるんだ……嬉しい……やっぱり、詠臣さんは……優しい)
寧々の目には、先ほどとは違う涙が浮かんできた。
「行きましょう」
詠臣は、何かを決意したような強い視線で寧々を見つめている。
「え?」
「一緒にSDIに行きましょう。こんな所に貴方を一人で残して行けない……お願いします。一緒に来て下さい」
「詠臣さん……」
「側に居て下さい」
「……はい」
(……結局、お荷物になってしまったけど……よかった。このまま離れていたら、関係の修復なんて敵わない所だった……それに、SDIだから入れないと思うけど……おじさんの事を、それとなく二人に伝えないと……)
寧々には、仁彌が二人を諦めてくれるとは思えなかった。妻が離れていく原因を考えることもなく、妻とその相手を刺殺して、子供を放り出して多額の借金をし逃亡した男だ。先日の様子からしても更生なんてしていない。執念で二人を見つけ出して、自分を見捨てたと思っている二人に何をするのか……考えるだけでも恐ろしい。
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