平会 〜お花畑を探そう〜

1/1
前へ
/56ページ
次へ

平会 〜お花畑を探そう〜

   最近、平 詠臣の様子がおかしい。士官学校からの友人、岡前はそう感じていた。  平といえば、常に冷静沈着。笑うことも怒ることも無い男だった。どんな過酷な訓練も、無理だと思われる試験も、いつも涼しい顔で完璧にこなしていた。成績は常にトップ、同期の期待の星だ。  平は成績だけではなく、人柄も良く周囲から慕われていた。後輩の面倒見もよく、誰にでも紳士的に接する姿は、まさに軍人の鏡だった。  外見的にも注目の的で、体格の良い男が多い軍隊の中でも一八四㎝の長身で、鍛えられた肉体、女性に好かれそうな男らしくも涼やかな美貌を持ち、公開される訓練には、平目当ての女性が枚挙して訪れた。  しかし、硬派な平は彼女達に目もくれなかった。そこがまた同胞達の支持を高めた。  それなのに……。 「おい、岡前。昨日の平のアレはなんだったんだ、お前、同期だろ? 何か聞いていないのか?」  朝一番から、岡前は上官たちに囲まれた。 「さっぱり分かりません。自分も凄く驚きました」 「……だよな、あの平が……女性を待たせてるって……」 「フライトスーツのまま基地を出て行ったのを女性隊員が見ていたらしい」  上官たちも首を捻っている。 「そうえば、そもそも、あの日の帰りはいつもよりフォーマルなスーツを着てました」 「デートか」 「デートだな」 「本気の女だ」 「平をあそこまで本気にさせる女って……見てみたいな」  隊員達の想像は膨らむ一方だった。  そして、数日後、訓練が終わりロッカールームで着替えをしていると、岡前の隣でスマホを取り出した平が目を見開いていた。 「どうした、平」  何か問題でもあったのかと岡前が平らの肩を掴んだ。 「……連絡が来た」 「誰からだ?」  驚きながらも、何処か嬉しそうな詠臣に、岡前は好奇心を抑えきれなかった。 「……遠足」 「っ⁉」  岡前には、さっぱり話が見えなかったが、初めて見る詠臣の笑顔に驚きと興奮が隠しきれない。 「平……それは……あの日の女性か?」 「あぁ」  平は、そのメッセージに何度も目を通すと、何やら急いで検索し始めた。 「彼女か?」 「まだ違うが、そうなりたい」 「おぉい! どっ……どんな、どんな女性なんだ」  岡前は平に横から抱きついた。平が冷たい視線で彼を見下ろしている。  男でも見惚れる、ゾクゾクする冷たい眼差しに岡前がたじろぐ。 「黙秘する」 「何でだよ! 遠足ってなんだよ!」  岡前は平のスマホを奪おうとするが、身長は十センチしか違わないのに、腕の長さが違うために全然届かない。 「彼女と花畑に行く」 「花畑! なんだそれ! おまっ……いや、花畑も似合うけど……えっ……場所は何処だ?」 「黙秘する」 「おーい!」  平が岡前を無視して、ジャケットの内ポケットにスマホをしまった。 「では、お先に失礼する」 「おい! 平! その話、詳しく!」  岡前の叫びむなしく、平は颯爽と帰って行った。  その日、空軍神奈川相模航空基地のメンバーで、行きつけの店にて、平会が開かれた。  それぞれの、目撃証言と新情報が交換された。 「どういうことですか⁉ どこの女ですか!」  一番燃え上がって怒りを露わにしているのは、士官学校で平らの一つ下だった女性隊員の飯島だ。ベリーショートの似合う男気のある美しい女性だ。同じ女性からの人気が高い。 「落ち着け、飯島」 「落ち着いていられますか! 平先輩の彼女は私以外には考えられない」  飯島がウーロン茶をあおりながら立ち上がった。 「お前……もう四回振られてるだろう……あースイマセン! ごめんなさい!」  岡前が飯島におしぼりを投げつけられている。 「デートが遠足で花畑? どんな脳細胞の女だ! 先輩は絶対に騙されている! 青年期からずっと士官学校から軍隊という特殊な環境に置かれ、女を見る目が養われなかったのよ! だから、どこの馬の骨ともわからない小賢しい女に……」  青年期からずっと軍隊にいる男達が、飯島の言葉に胸を痛めている。 「で、何処なんですか!」  飯島が岡前の肩を掴んだ。岡前の方が先輩だが、ヒエラルキーは逆転している。 「わからないです」 「思い出しなさい! なにか情報は無いの⁉」  飯島の美しい上腕二頭筋が唸り、岡前の肩を揺らし頭をガクガクと刺激する。 「あーあー、あー、なんか……そういえば、あのピンクの花とかの画面だった気が……」 「ピンクの何の花なのよ!」 「し、しらない花なんて興味ないし……」 「あの、この時期ならコスモスとかじゃないですか? 王道に」  店の手伝いをしている大学生の店主の娘が、空いたグラスを下げながら会話に参加した。 「みのりちゃん!」  飯島は岡前を放り出して、彼女の手を優しく掴んだ。 「遠足的な距離で、わざわざ出向く位の規模のコスモス畑……車ですか電車ですか?」  二人の女性の視線が岡前に注がれた。 「えっ……あーー、あ!!そういえば、平は駐車場検索をしていた!」 「よし!」  みのりが店のエプロンからスマホを取り出して検索を始めた。  飯島とみのりの推理合戦が始まった。  男性隊員たちが恐怖と好奇心で見守っている。 「間違いない、ここだわ」  ついに、平らの目的地が特定された。 「岡前先輩。今週末、非番ですよね……」  飯島の目が光り、岡前をロックオンした。 「あっ……いや……違うかな……」 「岡前は非番だ」  上官が自分に火の粉が掛からないように、岡前を尊い犠牲に差し出した。 「朝、〇七三〇にピックアップします。小回りが利くようにバイクで」 「……まじか……お前、あの大型だろ…」 「感謝して下さい、尻にのせてさしあげます」 「……」
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加