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42.last song
[67]
年が明けた。
寒さが底を打ち、日差しだけは春の輝きを見せ始めて、しばらくが経った。
除雪が行き届かない「2グラ」は、まだ雪に埋もれていて使えない。
悠一は、市営のジムで軽く身体を動かして家に帰る。
玄関先に誰かが佇んでいた。
紺のコートの背中。
「……かなで」
悠一が息を飲んだ。
ゆっくりと、奏が振り返る。
「悠一、ひさしぶり」
そう言って、ひどくはにかんだ小さな笑顔。
悠一の喉もとに、さまざまな言葉と感情がないまぜにこみ上げた。
けれども、そのうちの何ひとつとして音にはならない。
ふと、店から出てきた悠一の父親が通りがかる。
「その節は、本当にお世話になりました」
奏が深々、頭を下げた。
「なんの、元気になさっとっただ? なによりさ」
それだけを言って微笑んで、父はまた店へと戻っていった。
「ほら、奏。上がれよ」
悠一がドアを開ける。
しかし奏は、ただ黙って首を横に振った。
「なんだよ? コーヒーでも淹れるし」
悠一がそう続けても、奏は動こうとはしなかった。
「ありがとな、悠一。でもさ、少し歩きながら話さないか?」
そこまで言うのならと、悠一は、カバンだけを玄関に放り込む。
ふたりは無言のまま、普段は使わない駅の方に歩き出した。
悠一があまり鉄道を使わないのは、バス停の方がずっと近く、本数も多いからだ。だから駅への道は、人通りもさほど多くない。
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