6.春日悠一が気づく視線

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 なんだろうな……?  気のせいか? と思うような「なにか」を感じた。  蚊でも飛び回ってるのか? と思うのに。  どれだけ目を凝らしても見つけられない時のような。  羽音も聞こえない。  けど、なにか「うっとおしい」ような。  そんな気配。  今日は特に、それが気になった。  二百メートルダッシュをしていても、なんだか集中力をそがれてしまう――  そんなモヤモヤを振り払おうと、悠一は足を止めた。  膝に両手を置き、深い呼吸を繰り返す。  息遣いが整ってきたところで、ゆっくりと顔を上げた。  周囲を見回す。  草ぼうぼうに「うちやられた」古いグラウンドには、もちろん誰もいなくて。  校舎の向こうのグラウンドの喧騒も、建物に阻まれて、ここにはほとんど届かない。  校舎以外の方角には、うっそうと木々が茂っている。  鳥のさえずりがクッキリと聴こえるほどに、静かだった。  顎へと伝ってくる汗の滴を手の甲で拭いながら、悠一は校舎に目をやる。  ふと、窓が開いている場所に視線が向いた。  ああ。  あれ「イーゼル」……っていうんだっけ。    大きめの紙が立てかけてあって、それの白い表面をなめらかな線が埋めていた。  伸ばされた細い黒い炭を摘まむ指先。  その先を見つめる淡い虹彩の瞳。  透明な頬。  睫毛の影。  悠一は、その横顔から目が離せぬままに、グラウンドに立ち尽くす。    そして――    小鳥遊奏が、ふたたび窓の外へと――  春日悠一へと、視線を向けた。
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