my answer song(エピローグ)

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my answer song(エピローグ)

「なんだよ、藤堂。こんなとこに、いきなり呼び出すなんて」  春休みのある日。  悠一のスマホに、尊から連絡が入った。  メッセージは一文だけ。    一緒に走ろう――    そして、待ち合わせ時間と場所の記載。 「それで、なんで『ここ』なんだ。待ち合わせ」  場所は、神社の境内。  以前、尊が年上の女と濃厚なキスを交わしていたところだった。 「ここだと何かマズいのか」 「いや、マズいって……あれだろ、思い出すだろ、その…オマエが、オンナと」 「ああ」  覚えてはいるが、それがどうした? とでもいう風に、尊が軽く首を傾げる。  傲慢な蜜をすこし纏った、アルファらしい表情。 「まだ付き合ってんのか……なんだっけ『由利さん』?」 「そうだな。あの後、一回、セックスはした」  ――あ? 「そう、かよ……えっと年上だよな、結構。なに、会社員とか?」 「一応、社長をやってるらしい」 「え?」 シャチョウ? 「あの年齢で勤め人ごときなら、オレと付き合うには経済力が不足している」 「いや『経済力』って……なんだよ、オマエ、女にタカってんのか」 「タカリ? 心外だな。別に向こうが貢ぎたがっているだけだ」 「ってかさ。オマエ、名門の長男坊だろうが? なにそんなホストみたいな真似してんだよ」  そこまで言って、なんだか自分で可笑しくなって。  悠一は思わず吹き出してしまう。  そして尊もまた、ごくかすかだが、口もとをやわらげていた。 「で、どこまで走るつもりだ? 藤堂。ってか、風、まだメチャメチャ冷たいぜ?」 「温泉。そこまでの道が、一番きちんと除雪されている」  ――ああ、なるほど、温泉か。 「たしかに、大きな風呂でゆっくりとかしたいよな……」 「春日」  尊が軽く片眉を引き上げる。 「お前、結構ジジくさいな。ああ、そういえばこの前も『足湯に入る』とかなんとか、本当に老人のようなことを言っていたし」 「オイ、なに足湯、ディスってくんだよ」  言って悠一は、軽くアップを始める。そして、   「藤堂……気温まだ低いから、ちゃんと身体あっためとけよ。冷えたまま走ると故障するぞ」と、尊に忠告した。  ごく素直に、尊も悠一の真似を始める。 「あいつのコト……良かったのか、これで」  身体を伸ばしながら、尊がポツリと言った。 「アイツ?」と、悠一がしらばっくれれば、尊が律儀に、 「小鳥遊奏」と言い直す。 「いいも悪いも……」  一体、どうしろって言うんだよ、俺に。 「奏は……俺のコト、友達だと思ってくれてる」  「俺の絵」を「一番大切な絵だ」と言ってくれた――  悠一の、そんなあやふやな「答え」に、尊がスンと軽く鼻を鳴らす。 「アイツはオメガなんだぜ。お前(ベータ)の種付けでも孕むだろう? 一体なぜ、そんなに煮え切らない態度をする必要が?」  悠一が顔を上げ、唖然と尊を見上げた。  そして、 「今、一瞬、オマエのこと殴りそうになった」と言い捨てる。 「殴ればいい」 「殴んねぇよ」  するとまた、尊が「春日」と呼びかけた。 「なんだ」  すこしぞんざいに応じる悠一の前に、尊がズイと右手を差し出す。 「今日はオレの誕生日だ。十七になった。プレゼントが欲しい」  ……え、誕生日だって? と呟いて、 「なんか、意外だな。オマエって『遅生まれ』かよ」と。  驚いたように息を飲んでから、悠一は、 「ガキでやんの、まだ十六だったのか」と、尊をからかった。 「ガキで悪かったな、ジジイ」  尊がそう言い返せば、悠一がまた、 「今日からオマエも、俺と同じジジイじゃないかよ」と混ぜ返す。  そして、 「しょうがないな、ガキの誕プレにアイスキャンディーでも買ってやるよ」と、これみよがしに腰に両手を当てて威張り散らした。 「そんなものは要らない」  尊が涼しく言い捨てる。 「別に、俺はオマエの『希望』なんぞきく義理ねぇから」  悠一が道へと歩き出した。 「キスさせろ、春日」  悠一の足が止まる。  振り返れば、尊がまっすぐに悠一を見つめていた。  互いに見つめあったのは、ほんの数秒。  悠一が、尊のゴアテックスのジャケットの襟首を掴む。  それを強く引き寄せて、尊の瞳をさらに深く見つめ、目を伏せた。  次の瞬間、悠一がパッと手を離す。    あっけにとられた表情でまばたく尊。  その額を、悠一が人差し指でパチンと弾いた。  そして、クシャリと前髪を掻き上げ、 「するかよ、バーカ」と、微笑む。 「ってか、もうアップ終わってるんだろ? 走るぞ。グズグズしてても寒いだけだ」 「ああ」 「ちゃんとついて来いよな」  そう言って振り返り、悠一がまたニッと笑う。 「意外と好きなんだろ? 走るの」  ああ、と。  くちびるだけで、尊が応じた。 「今日は、いつかみたく『タルい走り』はしないからな? 『疲れる』とか寝言言ってないで、キビキビ走れよ、(タケル)」  そう、言葉だけで言い置いて、振り返ることはしないままに。  悠一は走り出す。  まっすぐに。  確かなストライドで。  尊は、その背中を目に焼きつけるように、少しの間、眺めやり――  そして。  大きく一歩を踏み出した。 (マージナル:「平凡ベータ」のいびつな三角 了) thanks, Hurt Before Chasing Pavements ありがとうございました。 蛇足ですが、このお話の作者による「あとがき」へのリンクを 「つぶやき」に貼っておきます。 お気が向かれましたらお立ち寄りください。
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