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7.名前は知っている。
[10]
窓の開いた部屋を見上げ、その視線をそらさぬままに、悠一は、自分の荷物へと向かっていく。
丈の長いトラックジャケットだけを着込み、残りの荷物はざっとまとめ、カバンを肩に掛けて歩き出した。
――ヤバかったかな。
ジロジロ見てたの、さすがにバレた?
窓に切り取られた奏の視界から、悠一がフレームアウトしていった。
その様子を視界の境界に眺めやりながら、奏の心臓の鼓動は、バクバクと早まる。
アイツ、春日悠一。
怒ってんのかな……?
あーあ、まさか気づかれるなんてさ。どうしよう。
おれももう、帰ろうかな。
そんな逡巡。
けれども、妙に動揺してしまって、奏は、ただウロウロと視線を泳がせるだけで、立ち上がることもできない。
足音が近づいてきた。
部室の引き戸が、二回ノックされる。
部員は、ここに入るときに「ノック」なんかしない。
そんなこと、「誰も」しない。
ただ、ガラリと引き戸を開けて、ズカズカと入ってくるだけ。
だから――
「…だ、だれ…っ?」と、奏は少しうわずった声で問いかける。
「入るぞ」とだけの返事。
ドアを引き開け、部屋に入ってきたのは、黒っぽいナイロンジャケット姿の春日悠一だった。
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