8.誰も知らない。

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   そのオメガは、丈の長いナイトシャツ一枚を纏っただけで。  薄手の布地からは、股間のふくらみも勃ち上がった乳首も、何もかもが透けて見えた。  左足首には、シリコンガードのついた足枷がしっかりと嵌められている。  けれどその雄は、グズグズに蕩けきった瞳で、尊を見上げながら、 「ぼっちゃん……ああ、たけるぼっちゃん、お目にかかりとう存じました……」と、まるきり熱に浮かされた声を発して微笑んだ。  男の形の良いくちびるが醜く緩み、ツッとひとすじ、涎がきらめいて糸を引く。  ――こいつ、オレを知っているのか?  ああ、そうだな。  たしかこの顔、前にも一、二度、見たことがある。  大抵は、毎回「違う」オメガがつながれていた。  だが時々、前にも見たオメガが巡ってくることもある――  ああ、そうさ。もう幾度、オレは、こんな目にあわされた?!  そして。  あと何度、こんな目にあわされる――  隆道は、猛烈なオメガの発情臭が立ち込める中、タンブラーに口をつけ、ごく平然とスコッチを喉に流し込んでいた。   「クスリは、正しく服用しているのだろうな、尊」  呼びつけた息子に向かって、ほんの僅かも視線を向けることなく隆道が問う。 「あ、ぼっちゃん…っ、タケルぼっちゃん……どうか、どうか『お情け』を、おねがい、です…っ、タケルさまぁ……っ」  発情するオメガ。  蕩けきった表情。  その目は、欲望のあまり狂気の色に染まっている。  部屋はもう、オメガのフェロモンでむせかえり、息もできないほどだった。  中からの音も漏らさず、外からの物音も入れぬ、分厚い壁に覆われた「離れ」。  隆道の手にするウィスキーグラスで、オンザロックの氷がはぜる音が聞こえるほどに、部屋を沈黙が支配する。    その静寂の中に、ぐちち……と、淫猥な水音が響いた。  オメガが尻を濡らしていた。  後孔が、生殖器に作り変えられていくための分泌物。  その粘液が立てる音だ。  それはすぐに、アルファのペニスを受け入れるための潤滑液に変わって、オメガの内は濡れそぼる。  コプリと、オメガの尻の谷間から淫液が溢れ出した。  そうやって滴ってくる自らの分泌液ですら、性感帯を刺激するのだろう。  オメガが、ビクビクと腰を痙攣させる。  そして、床に転がり、のたうち始めた。  身に着けているナイトシャツの腰に淫液のシミが広がって、ムワリ、さらに強い匂いが広がった。  そのキツイ発情臭と恥知らずな痴態が、どうにも耐え難くて。  尊は思わず、男から目を背けそうになる。すると。 「尊」  すかさず、ムチのしなりのように鋭い隆道の声が飛んだ。  「何をしている、冷静にしていろ」と、父の言葉が続く。  尊は、すぐさま表情を無にし、自らからのすべての感覚を遮断させた。
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