1.藤堂尊の憂鬱

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1.藤堂尊の憂鬱

[1]  スマホに着信が入った。  「あの人」からの「メール」だ。  「セキュリティに不安が残る」などと理由をつけて、頑なに「メッセージアプリ」を使おうとしないから。  は? なに言ってんの、バカじゃねぇの?   そもそも、インターネットに「プライバシー」なんぞネェよ? と。  反発する気持ちを噛み殺していた頃もあった。  けどそれも、随分、昔の話だ。  定期的にメディアを賑わす「芸能人のマル秘トーク流出」だのなんだのを見るにつけても、あながち「杞憂だ」とは言い切れないかもな……とかさ。  今じゃ、オレだってそう思う。   ――「秘密」が多すぎるから。「あの人」には。  いや、「秘密しかない」のかもな。  あの人から「秘密」を取り去ったら、多分。  なんも残りゃしない――  開いたメールは「十七時三十分からの『会合』に遅れないように」という内容。  忘れるワケないだろ。  オレ(アルファ)の記憶力を何だと思ってやがる?  「学生服のまま来るように」    ワザワザ、そんな「念押し」までされていた。  メールを読み終え、スマホをポケットに突っ込んで、尊は洩れ出そうになる溜息を無意識に飲み下す。  「詰襟(制服)のまま来い」と言ったり、髪を撫でつけ、スーツを着ろと言ったり。  その時々で「要求」は変わる。  会合の「相手による」のだそうだ。  「どう見せたい」か。  「どう見られる」のが「有用」なのか。  アルファの「傲慢さ」。他者を圧倒する「オーラ」。  それが紙一重で「素直な天真爛漫さ」に見えるほどの幼さは残した、優秀な「高校生」に見せたいのか。  並みいる大人たち顔負けの「凄み」をたたえた、恐るべき「後継者」として、しっかりと睨みをきせておきたい相手なのか。   「あの人」が「息子(オレ)」を「どう見せたいのか」。  それによって―― 「よう、タケちゃーん」  尊の詰襟の肩が、ポンと叩かれた。  軽く目を見開いて、尊は振り返る。  クラスメイトの比呂だった。 「なあなあ、タケル。これから、ちょっと『中央』寄ってかん? 本屋行こうぜ」     フザケ口調。  気安い笑顔。 「悪い、今日はもう帰らないと」  尊は静かに応じる。  極力ニュートラルに、傲慢過ぎないように。けれども決して、アルファとしての威厳は乱さぬように。   「え? ナニ、またぁ? なんかさ、タケちゃん、付き合い悪いやん最近」  比呂の「馴れ馴れしさ」。  そのほとんどが「演技」なのだと。  もうかなり前から、尊は気づいていた。  「幼馴染(比呂)」の態度が、媚を滲ませた作為的なモノに変わっていったのは。  一体、いつからだったろう――    遠い親戚の同い歳。  比呂の母はアルファだった。父はベータ。  比呂は長男だ。  だが、中学二年の時に行われる第二性の一斉検査で、「β(ベータ)」と判定された。    その後も、何度か自費で再検査をしたようだが、判定が覆ることはなかった。  そうこうするうち、妹がアルファであることが判明。  今は、その妹が、ヤツの「家を継ぐ」と決まっている。    この街の最有力者であり、最も由緒ある藤堂家。  その長男坊でアルファ。成績、体格、すべてが飛び抜けた「申し分のない」跡取り。  だから。  周囲からのオレへのまなざしには、憧憬と賞賛の中、常に羨望と嫉妬が混じっていた。  そんな風に、実のトコロは同世代から「敬遠されている」オレに対し、「わだかまりなく接する役どころ」を「演じて」いるのだ。  この男(比呂)は――  もう、コイツといたところで、楽しくもなければ安らぎもない。  グラスに水が溜まっていくように、ただ段々と。  ヤツの「ウソくささ」が堪らなくなっていく――  「楽しさ」  「安らぎ」  そんな「甘え」など必要ないと。  「あの人」なら言うはずだ。  まあ、そうだろうさ。  「必要ない」だろうな、「あの人」には―― 「とにかく比呂。オレ、もう行かなきゃ、またな」    左手を軽く上げ、わずかに視線だけ比呂に投げて、尊はひどく長いストライドで、その場を立ち去った。
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