9.ランドスライド

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9.ランドスライド

[12]    「死んだ人の声が聴こえる」――とか。  偶然とは思えぬ奇妙な出来事が起こった……とかさ。  「このシゴト」に関わり始めると、そういう「オカルトっぽい」コトを口にし始める社員やバイトさんが、ある程度出てくる。  焼場のスタッフでも、たまにいる。  けど、ほとんどは「マユツバ」だ。  物音の聴き間違い。なにかの見間違い。冷静に考えれば、理由はいくらでもある。  葬儀社の人間っていうのは、シゴト中は物理的にも暗い場所にいることが多い。  目が疲れて見えづらくなるようなことも、ないワケじゃない。  表向きは「静謐」な斎場だって、裏の方ではゴタゴタと、設備も動線も複雑に込み入っているから、意外な場所から意外な物音が洩れてきたりするものだ。  「怪奇現象」だなんだは、ただ「それだけのコト」。  たいていは――    ただ時折、俺にも、ふと「なにか」がよぎるような。モヤつくなにかが弾けるような。  いわく言い難い、不思議な感覚を覚えることはあった。  それが何かは分からない。  ただの「疲労」とか。  「眩暈」やら「心拍数の乱れ」やらかもしれないけどさ。  たしか二年くらい前に。  一度、その「感覚」について、親父に話してみたことがあった。  無言のまま、ひととおり俺の話を聴いてから、親父は狼狽するでもなく賛同するでもなく、ただ、 「そういう事もあるかもな」とだけ、淡々と応じた。    俺が小学校高学年の頃、一度、胃ガンをやってて。  手術と化学療法でなんとか切り抜け、今まで生き延びてる。そんな親父だ。  「この街には、いい病院があってよかった」と。  胃と同じに、以前の半分ほどに減った酒。  それをチビチビと喉に流し込みながら、そんなことを言う。  まあ、それはそうなのかもな?  たしかに、立派な大学病院があるし。ヘリポート付きの。  毎日のように、その辺の山で遭難した登山者がヘリで運ばれてくるので「有名な」病院がさ。  *
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