162人が本棚に入れています
本棚に追加
「悠一、おかえり」
今日、悠一を迎えた母の声に、慌ただしさはない。
夕食の支度をしている気配。
飯の炊ける匂い。
そんな穏やかさを感じとって、悠一は、
今晩は予定どおり、母さんたち、家にいるんだな……と、一歩、台所に足を踏み入れた。
流しの後ろのテーブルに載った大皿には、肉じゃがが盛り付けてある。
悠一が手近の菜箸で、ヒョイと肉塊をつまみ食いすれば、母親が振り返り、「ああ、そんなことして、あんた、みな食べてしもうせ」と眉根を寄せた。
そして、
「あら、外、どっかで金木犀でも咲いとったいね?」と言い足す。
「え、なんで?」と。
今度は指で摘まんだジャガイモを口に放りながら、ボソリと悠一が応じた。
「なんかいま、花のいい匂いがしただけど……あんた、よそさんの生垣にでも制服の肩、擦って来たのと違うね?」
「高校生にもなって、ンな、ガキみたいなことするかよ……」
ムスッと呟き、悠一は台所を出る。
階段を上がる黒い詰襟の背中に、母親は「ごはん、なから五分十分でできるから、すぐ降りといで」と言い添えた。
*
最初のコメントを投稿しよう!