9.ランドスライド

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「悠一、おかえり」  今日、悠一を迎えた母の声に、慌ただしさはない。    夕食の支度をしている気配。  飯の炊ける匂い。  そんな穏やかさを感じとって、悠一は、  今晩は予定どおり、母さんたち、家にいるんだな……と、一歩、台所に足を踏み入れた。  流しの後ろのテーブルに載った大皿には、肉じゃがが盛り付けてある。  悠一が手近の菜箸で、ヒョイと肉塊をつまみ食いすれば、母親が振り返り、「ああ、そんなことして、あんた、みな食べてしもうせ」と眉根を寄せた。  そして、 「あら、外、どっかで金木犀でも咲いとったいね?」と言い足す。 「え、なんで?」と。  今度は指で摘まんだジャガイモを口に放りながら、ボソリと悠一が応じた。 「なんかいま、花のいい匂いがしただけど……あんた、よそさんの生垣にでも制服の肩、擦って来たのと違うね?」  「高校生にもなって、ンな、ガキみたいなことするかよ……」  ムスッと呟き、悠一は台所を出る。    階段を上がる黒い詰襟の背中に、母親は「ごはん、なから五分十分でできるから、すぐ降りといで」と言い添えた。   *
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