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3.春日悠一は走る。
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中学までやっていた陸上。
高校でも何となく陸上部に入り、部活を続けていた悠一は、けれども一年生の冬、それを辞めた。
どこか身体を「故障した」ということではなく、ブラック部活だったワケでもなかった。
センパイたちは感じが良かったし、同級生とも上手くやっていた。
学校内では、割に由緒ある部ではあったけど、今ではそうメジャーでもなく。
部員も少な目で、互いに種目かぶりが少なかったせいもあってか、部内には「ライバル争い」的なやっかみとか、ヘンにギズギズしたところもなかった。
「オマエら、本当に『いまどき』すぎる、欲がない」と。
還暦過ぎたコーチは、よくこぼしていた。
――別に、そういうワケでもないんだけどな。
悠一は、胸の内で呟く。
俺たちは、置かれた場所で「それなりに上手くやっていく」ってコトに、ちゃんと努力してるだけでさ。
なんで部活を辞めたかって。それは。
ただなんとなく、「独りで」走りたかったから。
たぶん、そう。それだけだった――
部のグラウンドとは校舎を挟んで逆側にある、通称「2グラ」と呼ばれる大昔のトラック跡で、悠一は、今日もひとり気ままに走っていた。
ジョグで身体を温めて、インターバルトレーニングを数セット。
すると、臨時収入を貯めて買ったスマートウォッチが、悠一の手首で小さく鳴った。
「もう時間か」
呟いてタオルを拾い上げる。
スマホの動画をザッと確認して、クールダウンのストレッチングを始めた。
まあ、「爺さんコーチ」の時代遅れな「指導」なんぞ受けるより、ネットや動画で専門家の最新知識を確認する方が「よっぽどマシ」って話もあってさ……。
そんなコトを、また胸の内でだけ呟いて。
悠一は校舎へと歩き出す。
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