4.藤堂尊は意識する。

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4.藤堂尊は意識する。

[5]  放課後、藤堂尊が父である藤堂隆道に連れていかれたのは、地元の観光協会と商工会議所の「やや気楽な」会合だった。    話題は、この週末のビールフェスタ関係のこと。  ――なるほど。  まだ「未成年」の自分は、「アルコールの付き合いはできない」ということを、暗示めいて匂わせるための「詰襟」か……と、尊は理解する。  「未成年の飲酒」など、それこそSNSで露見でもしたら、目も当てられない「面倒事」だ。  絶対に巻き込まれるワケにはいかない。  まあ、数十年前なら、高校生に酒を飲ませるなんざ、むしろ「気の利いたこと」ぐらいに思われていたんだろうが?  そんな価値観を変えないままのオヤジどもも、まだまだ絶滅はしていないからな――  「ビールフェスタ」自体は、すでに開催日を目前にしたイベントだった。  具体的な運営の話などは、もちろん既に煮詰まっている。  会合ではもっぱら、各ブルーワリの「台所事情(かねまわり)」やら補助金関係の「裏事情」やらの「情報共有」が主眼だった。  わざわざ、「こんな場」に連れてこられたのは、「雑談」の中に、尊が聞いて記憶しておくべき話題があると、父がそう思っているのだということ。  尊とて、そんなことは百も承知だった。  そう。  大事なのは「裏」。  「表向き」の情報など、スマホでパソコンで、すぐ手に入る。  だが、生の「噂」だけは、その場でないと得られない。    まあ、ジジイたちの「噂話」なんぞ、ホント、どうしようもない、ウザったいコトだがな。    そんな鼻白む「本心」は涼しい眼差しの下に隠し、尊は一応、あらゆる話題に耳を澄ませ続ける。  ――どうしますかね。今日が通夜とかって。  ――まあ、耳にしたからには、顔出さないワケにもいかんど。  ふと、筋道の見えない会話の断片が、尊の耳に飛び込んでくる。  ――色々と世話になったづら、商工会でも。  ――それももう、十年二十年前のコトや。  ――しかしまあ、義理事だぃね。 「尊」と、耳もとで呼ばれた。  ひどく低くて、圧力の高い隆道の声。  「そろそろ、去る潮時だ」という合図。  ごく「さりげなく」場を抜けたいのだと思われる父のため、あまり目立ちすぎないように。  けれども、周囲の人間に、尊はピシリとした一礼を残した。  隆道の後をついて、尊は車へと向かう。  父の「秘書」の竹内が、後部座席のドアを開いて待っていた。  隆道が乗り込んだ後、その横に尊が座る。  運転手がいる車だ。助手席は竹内の定位置だった。 「竹内、礼服のネクタイ」  隆道が言えば、竹内がスッと、車のダッシュボードから漆黒のネクタイを取り出した。  隆道のスーツはダークブルー。通夜に出るなら、むしろこの程度の服装の方が「駆け付けた」感がでて、無礼にはならない。  行き先も告げていないのに、車は滑るようにしてどこかへ向って行く。  礼装のネクタイに締め直しながら、隆通が、尊を一瞥もせぬままに、 「ああ、お前は「そのまま」で大丈夫だな、尊。制服でちょうど良かった」と口にした。 「どなたの通夜で?」  尊が問う。   「お前は知らん男だ」  ごく直截にそう応じ、ネクタイの結び目を調整しながら隆道は続ける。 「まだ、お前が生まれる前だな……このあたりの商売人では『顔役』だった男だ」    ネクタイ整え終えた隆道が続ける。   「ああ、そうだ、尊。お前もそろそろ、『無駄』に能力を使わず、余力を残すということを覚えてもいい頃だ」    無言のままの尊に、父はさらに畳みかけた。  「重要度の低い話に『容量』を取られるな。覚えておくべき情報を取捨選択しろ」  「助言」と言うには、あまりにも偉そうな「命令」だった。だが、それも「いつものコト」だ。  だから、父への返答をはぐらかすようにして、尊はシレッと、こう口にする。 「……『その人』の通夜に、ワザワザ、父さんが出向くのには理由が?」  だが隆道は、 「あの男には、市会に出始めた頃、世話になったからな」と、ごく殊勝な理由を口にするだけだった。  そして車は、とある斎場の車寄せに滑り入って停車した。
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