4.藤堂尊は意識する。

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[6]  祭壇のしつらえは、なんというか……やや「微妙」だった。  明確な「タブー」ではない。  けれど、クリスチャンの葬儀では「菊の花」、「蓮の花」のたぐいは、極力使わない。  今回の祭壇も、全部ユリで揃えられればよかったのだろうが、おそらく本数が足りなかったのだろう。どことなく、ありものの白い花を「なんとか寄せ集めた」ような印象を受けてしまう。  とはいえそれも、「普通」の参列者ならば、特にどうとは思わないであろう、そんな些細な「違和感」に過ぎなかったのだが。  基本、クリスチャンの御葬儀は教会で行われる。  「通夜」も、正式にはやらないものらしいが、日本では、その代わりのようにして「前夜祭」という名で会葬者を呼ぶことも多い。  しかし、今回はそれとも、また少し違っていた。  ともかく、遺族側の「教会側に『主導権』を渡したくないという態度」が、折に触れてミエミエだった。だからといって、故人を無視し、自分たちの都合で仏式の葬儀を強行することもできずにいる――    一事が万事、そんな感じだった。  斎場の看板も「通夜」とせず「追悼式」と、何やら微妙なものだったし、牧師さん、神父さんの御祈りやら御ミサやらもない。  教会であれば本来整っているはずの、様々な小道具なども、葬儀社単独の手配では手薄になりがちだ。  むしろ、最初から無宗教の葬儀ならば、「それ用」の凝った設営ができる。  会場に故人の思い出の品々や写真を並べたり、指定のBGMを流すことだってよくある。  けれども、今回はなにもかもが中途半端で曖昧だった。  会場に対する悠一の印象が、総じて「微妙」だったのは、そんな事々が重なってのこと。  おそらく、故人の教会の知り合いなのだろう。  会場の片隅で両手を組んで祈りを捧げる数人の人だまりの存在も、なんともしっくりとこない。  ともかく悠一には、すべてのことが、どことなく「座りが悪く」感じてしまい仕方がなかった。  会の運びとしては、会葬者に一輪ずつ、棺へ献花してもらうようになっていて、悠一は、来場者にその花を渡したり、数や状態を確認する配置についていた。  すると突然、会場の気配がグワリと転じた。  それを背中で感じながら、悠一はさりげなく、ゆっくりと振り返ってみる。  理由はすぐに分かった。  ――アルファだ。  それにしても、メチャメチャな「オーラ」だな。  見るからに「偉そう」な五十代のオッサンと……あ、後ろにいるのは……うちの高校の制服じゃん?  アイツは、ニ組の藤堂、藤堂尊。  ……じゃあ、あのオッサンが「藤堂隆道」か。    そんな風に、悠一は状況を把握した。  この小さな街では、オメガもそうだが、アルファの数もそれほどではない。  とはいえ、アルファらしき会葬者も、今日、これまでに一人くらいは見かけている。    しかし、藤堂親子は、まるで「別格」だった。  「オメガ差別」など、今どき――特に若い世代では「表立って」する者などほとんどいない。それは事実だ。  けれども、アルファが「スクールカースト最上位である」というのもまた「事実」だった。  そして「それ」は、これからも変わることはないだろう。  せいぜい、学年に二、三人いるかいないか。  稀有でありながら、すべてにおいて恵まれた立場の人間。  それがアルファだった。  いわゆる上流階級、「貴族」みたいなもの――  だからこそ、ごく「平凡」な「多数派」である悠一にすれば「アルファ」など「自分とは特に関わりのない連中」という認識しかなかった。  「スタッフ」として会場全体を見渡す。  そんな「さりげない」目線のまま、悠一は、視界の境界上に尊を映した。    藤堂尊を学内で見かける時はいつも、悠一は、その圧倒的なオーラに「怯まされる」気がした。  同級だというのに、とても同い歳には見えないような、そんな印象を抱いていた。  特段に、威張り散らすような態度を取られているワケでもないのに――  けれども今。  悠一の目には、斎場のただ中で「詰襟姿」の尊は、ダークスーツに喪服姿の大人たちの中では不思議と……ほんのわずかだったが、どこかしら「幼げ」に映った。    献花用のユリのかたわらに佇む悠一に、ふと、藤堂尊が視線を向ける。  ふたりの目と目が合った。  尊が、悠一に向かって、ごく軽く会釈する。  ふうん……?  藤堂のヤツ、俺が「同じ学校だ」って気づいてやがるのか。  悠一は、それを意外に思う。  「藤堂尊」とは、部活も委員会も「かぶった」コトはなく、どこにもなにも「接点」などない。  別に、同じクラスになったこともなければ、話をしたこともないのにな?  すると、斜めうしろから、母親が悠一にそっと近づいてきた。 「悠一、アンタ、そろそろ帰っていいから」と耳打ちされる。  たしかに、来場する人の流れも、少し落ち着きを見せている。  何より、悠一もまだ学生の身。明日も朝から学校だ。  路線バスがあるうちに戻るなら、今がちょうど、そのタイミングだった。  母親の言葉に黙って頷き、悠一は静かに持ち場を離れると、そのまま裏へと回る。  いつもどおり「夕食代わり」に取り分けられている「仕出し」の折詰め。  その包みをスルッと取り、悠一は裏口から外へ出た。  駐車場を突っ切って、通りへと向かおうとしたところで、自動販売機の横、街灯の真下に誰かが佇んでいるのに気づく。  目を凝らせば、それは、缶コーヒーを手にした藤堂尊だった。
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