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祭壇のしつらえは、なんというか……やや「微妙」だった。
明確な「タブー」ではない。
けれど、クリスチャンの葬儀では「菊の花」、「蓮の花」のたぐいは、極力使わない。
今回の祭壇も、全部ユリで揃えられればよかったのだろうが、おそらく本数が足りなかったのだろう。どことなく、ありものの白い花を「なんとか寄せ集めた」ような印象を受けてしまう。
とはいえそれも、「普通」の参列者ならば、特にどうとは思わないであろう、そんな些細な「違和感」に過ぎなかったのだが。
基本、クリスチャンの御葬儀は教会で行われる。
「通夜」も、正式にはやらないものらしいが、日本では、その代わりのようにして「前夜祭」という名で会葬者を呼ぶことも多い。
しかし、今回はそれとも、また少し違っていた。
ともかく、遺族側の「教会側に『主導権』を渡したくないという態度」が、折に触れてミエミエだった。だからといって、故人を無視し、自分たちの都合で仏式の葬儀を強行することもできずにいる――
一事が万事、そんな感じだった。
斎場の看板も「通夜」とせず「追悼式」と、何やら微妙なものだったし、牧師さん、神父さんの御祈りやら御ミサやらもない。
教会であれば本来整っているはずの、様々な小道具なども、葬儀社単独の手配では手薄になりがちだ。
むしろ、最初から無宗教の葬儀ならば、「それ用」の凝った設営ができる。
会場に故人の思い出の品々や写真を並べたり、指定のBGMを流すことだってよくある。
けれども、今回はなにもかもが中途半端で曖昧だった。
会場に対する悠一の印象が、総じて「微妙」だったのは、そんな事々が重なってのこと。
おそらく、故人の教会の知り合いなのだろう。
会場の片隅で両手を組んで祈りを捧げる数人の人だまりの存在も、なんともしっくりとこない。
ともかく悠一には、すべてのことが、どことなく「座りが悪く」感じてしまい仕方がなかった。
会の運びとしては、会葬者に一輪ずつ、棺へ献花してもらうようになっていて、悠一は、来場者にその花を渡したり、数や状態を確認する配置についていた。
すると突然、会場の気配がグワリと転じた。
それを背中で感じながら、悠一はさりげなく、ゆっくりと振り返ってみる。
理由はすぐに分かった。
――アルファだ。
それにしても、メチャメチャな「オーラ」だな。
見るからに「偉そう」な五十代のオッサンと……あ、後ろにいるのは……うちの高校の制服じゃん?
アイツは、ニ組の藤堂、藤堂尊。
……じゃあ、あのオッサンが「藤堂隆道」か。
そんな風に、悠一は状況を把握した。
この小さな街では、オメガもそうだが、アルファの数もそれほどではない。
とはいえ、アルファらしき会葬者も、今日、これまでに一人くらいは見かけている。
しかし、藤堂親子は、まるで「別格」だった。
「オメガ差別」など、今どき――特に若い世代では「表立って」する者などほとんどいない。それは事実だ。
けれども、アルファが「スクールカースト最上位である」というのもまた「事実」だった。
そして「それ」は、これからも変わることはないだろう。
せいぜい、学年に二、三人いるかいないか。
稀有でありながら、すべてにおいて恵まれた立場の人間。
それがアルファだった。
いわゆる上流階級、「貴族」みたいなもの――
だからこそ、ごく「平凡」な「多数派」である悠一にすれば「アルファ」など「自分とは特に関わりのない連中」という認識しかなかった。
「スタッフ」として会場全体を見渡す。
そんな「さりげない」目線のまま、悠一は、視界の境界上に尊を映した。
藤堂尊を学内で見かける時はいつも、悠一は、その圧倒的なオーラに「怯まされる」気がした。
同級だというのに、とても同い歳には見えないような、そんな印象を抱いていた。
特段に、威張り散らすような態度を取られているワケでもないのに――
けれども今。
悠一の目には、斎場のただ中で「詰襟姿」の尊は、ダークスーツに喪服姿の大人たちの中では不思議と……ほんのわずかだったが、どこかしら「幼げ」に映った。
献花用のユリのかたわらに佇む悠一に、ふと、藤堂尊が視線を向ける。
ふたりの目と目が合った。
尊が、悠一に向かって、ごく軽く会釈する。
ふうん……?
藤堂のヤツ、俺が「同じ学校だ」って気づいてやがるのか。
悠一は、それを意外に思う。
「藤堂尊」とは、部活も委員会も「かぶった」コトはなく、どこにもなにも「接点」などない。
別に、同じクラスになったこともなければ、話をしたこともないのにな?
すると、斜めうしろから、母親が悠一にそっと近づいてきた。
「悠一、アンタ、そろそろ帰っていいから」と耳打ちされる。
たしかに、来場する人の流れも、少し落ち着きを見せている。
何より、悠一もまだ学生の身。明日も朝から学校だ。
路線バスがあるうちに戻るなら、今がちょうど、そのタイミングだった。
母親の言葉に黙って頷き、悠一は静かに持ち場を離れると、そのまま裏へと回る。
いつもどおり「夕食代わり」に取り分けられている「仕出し」の折詰め。
その包みをスルッと取り、悠一は裏口から外へ出た。
駐車場を突っ切って、通りへと向かおうとしたところで、自動販売機の横、街灯の真下に誰かが佇んでいるのに気づく。
目を凝らせば、それは、缶コーヒーを手にした藤堂尊だった。
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