4.藤堂尊は意識する。

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[7]  正直、驚いた。  まさか、「そんなところにいる」とは思わなかった人間だった。  ふたりの目と目は、また完全に合う。  だから、無視して行き過ぎることもできぬまま、悠一は小さな会釈と共に、  「どうも」と、呟きめいた声を尊に掛ける。 「……あんなモノなのか、普通?」  唐突過ぎる「問い掛け」だった。  いま、眼前の藤堂尊から、そう問われたのは「自分なのだ」ということを、一瞬、悠一は見失う。    戸惑って瞬く悠一に、尊が続けた。   「なんだか随分と、『妙な』通夜だと思ってさ」  その瞬間、尊が「何を言おうとしているのか」が、悠一にもクッキリと見えた。    ――藤堂の感じたとおり。  たしかにあれは、妙に「寸足らず」な「通夜」だった。 「あれって……『通夜』でいいんだよな? 『追悼式』だとかって看板がかかってたけどさ」    尊が「初めて言葉を交わす者同士」にしては、少しだけ距離感が近い、わずかに「ぞんざいさ」の混じる口調で、さらに問いかけた。    悠一は、尊に対し、「どう応じたものか」と、考えを巡らせ黙り込む。  今回は、遺族と故人の「信仰」に関し、ちょっとした「意思疎通の不足」があったらしくて……などと。  はたして「遠回し」にしても、客のそんな「内幕」を口にしてもいいものか――  するとすぐに、尊が、 「ああ、悪かった」と言い継いだ。 「『客のプライバシー』なんか訊かれても困るよな、すまない」と。  ――それがあまりに「絶妙なタイミング」過ぎたから。  なぜなのか、むしろ悠一の方が尊に対し、少しばかり「恐縮する」というか。  「すまなさ」のようなものを覚えてしまったほどだった。  まあ、どうせ葬儀の時には、「例の教会」の方から「牧師さん」が来ることになっているらしいから。  明日になれば、そんな「内幕」など、出席者みなの「知るところ」となるんだろう。  というか。  もしかしたら「それ」は、もはや、ある程度の関係者なら「とっくに知ってる」ってモノでしかないのかもしれないし。  要は「公然の秘密」ってヤツ。  小さく狭い「この街ならでは」の――  故人は、現役の頃は「街の顔役」として、それなりの地位や尊敬を得ていた人物らしかった。  だが、なぜかは知らないが、晩年になって突然、「とある」キリスト教系の新興宗教に入信したらしい。  もちろん、家族はそれを、内心、苦々しく思ってはいたものの、家長に対し、表だって「どうこう」と言うことはできぬまま……結局、「今日に至った」ってコトのようで。  そんな「内情」を。  今日、式場の手伝いに入っただけの悠一も、早々に察し取っていた。  すると、尊が、悠一が手にした折詰めの袋へと、ゆっくり視線を向け、 「『それ』って?」と口にする。  え? これ?  悠一が瞬く。「ああ、俺の晩メシ」  そして慌てて、 「いや……ちゃんと金は払ってあるから。会場のモノの『ネコババ』とかじやなくて」と言い足した。  律儀な言い訳ぶりが面白かったのか、尊が小さく噴き出す。  けれど、すぐさまそれを「苦笑」の表情で上塗りした。 「春日、おまえさ、夕食に……そんなん喰うんだ?」 「『そんなん』って、別に……『海棠』さんトコの仕出し、美味いし」 「いや、だからさ、そういうコトを言ってるんじゃねぇって」 「え?」  言われた「内容」よりも。  入学以来の「知り合い」とでもいう風な、尊の「口調」の方に戸惑ってしまって、だから悠一は、それきり何も返事をすることができなかった。  不自然にふたりの間に流れる沈黙が、悠一の足を、その場に止めさせ続ける。 「そういえば、藤堂さん……いや、その、お父さん…は? 一緒に来てただろ」  もう、それぐらいしか話題を思いつかなくなった悠一が、たどたどしく口にした。 「『あの人』?」と呟き、尊が缶コーヒーを口につけて、 「あれこれ挨拶して顔売ってたけど、今は『密談中』……かな」  密談……と、オウム返しに噛みしめる悠一をマジマジと見つめながら、尊が、 「そう、『おまえの親父さんと』だよ」と告げる。 「うちの?!」 「ああ、おまえの父親、ここの葬儀社の社長なんだろう?」 「そう……だけどさ」  っていうか、親父。  「藤堂隆道」なんかと、なんの話があるっていうんだ?  それこそ「接点」とか、どこにあるんだよ――  そんな風に、ただ単純な疑問しか浮かばないまま、悠一は小さく肩をすくめて見せた。  するとまた、尊が話を変える。 「随分、板についてんのな」「え?」 「ソレ」と。  尊が悠一のスーツを、視線でザッと眺めまわした。 「……これ?」  悠一が、軽く首を傾げる。 「ああ、まあな。一応……『家業』ってヤツだし」  そんな、表向きには戯言半分のような悠一の言葉。  けれども尊は、 「ああ、『家業』……な」と。  ひどく含みを帯びた、ひどく柔らかい声で噛みしめる。  ふたたびの沈黙。   「尊」と。  重い男の声が、それを破った。  ゆっくりと目を閉じ、小さな溜息をついてから、尊が振り返る。  藤堂隆道が立っていた。  隆道が、悠一へと視線を向ける。 「尊、そちらの方は?」  ごく丁寧な口調。  悠一に対する、表向きに非の打ちどころのない「愛想のよさ」と。  息子に対する、迅速で正確な返答を要求する「圧力」と。  両方が絶妙に交じり合った声音だった。  「高校の同学年。春日悠一さん。今、帰りなんだそうです」  尊が淡々と応じた。  隆道が軽く眉根を寄せながら、 「……なるほど、君が春日さんのところの息子さんか」と、悠一に、まろやかな、だが表面だけの笑顔を向ける。  そして、 「家の手伝いとは立派なものだ。ああ、そうだ。自宅まで送ろう。車に乗っていきなさい」と言い継いだ。  「とんでもない」と、固辞する悠一に、隆道は、 「まあ、そう言わず。明日も学校があるのだし、乗りなさい」と続ける。  あたりのやわらかい口調。  けれども、どうにも歯向かえないようなオーラと威厳があった。  断り切れぬまま、悠一は尊たちの車に同乗する。  助手席には、すでに秘書の竹内が座していた。  悠一は、後部座席に乗るしかない。  隣に尊、その奥には隆道が座った。 「尊とは、同じクラスで?」とか、「スポーツはやるのかね?」とか。  当たり障りのない話題を、ポツポツと振られ、「ハイ」と「いいえ」で答えているうちに、車は悠一の自宅前に着いた。  車内では、尊とひとことの会話もないまま、悠一は、藤堂隆道の車を降りた。 *
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