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前足の傷は治り、僕はまた森を走り回っていた。雨が降るといつも彼女たちを思い出した。ポツポツと鼻先に雨粒が当たる。
「また雨だね」
「うん」
となりで妹がヒゲを揺らした。
「最近雨ばっかりだ」
「地面が緩くなっているから、あまり遠くに行ったらダメよ」
母が振り向いた。下を見下ろすと、砂地は泥になり、足がぬるぬるとしていた。走るのに不便そうだ。
「うん、分かった」
母から離れないように、彼女の尻尾についていく。ふと視界の端に傘を被った人影が通った。母の足が止まり、草むらに分け入った。
「人間よ」
息を潜めて、人間を見つめた。数人の影は僕らに見向きもせず、雨道を歩いていた。
「あ」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「なんでもない」
なんでもなくはない。人を従えて歩いていたらのは、あの日に出会った女性だった。雨が降っているのに彼女の顔は明るく、隣の人間たちと笑い合っていた。元気そうで良かった。人間は怖いと言うけれど……確かに怖かったけれど……彼女だけは、彼女の周りにいる人間たちは怖くない。今日は布をかけてくれた男性はいないようだ。できれば彼の姿も見たかったな。天気とは真反対の晴れやかな笑顔に僕の胸は温かくなった。
「ありがとう」
手当をしてくれて、布をかけてくれてありがとう。傷跡のある前足をぺろりと舌で舐めた。
「痛むの?」
「ううん、全然」
もう痛くも痒くもない。
「そう、じゃあそろそろ行くわよ」
「「はーい」」
彼女たちから視線を母の尻尾に戻した。人間たちの足音が遠のいていく。雨音が更に強くなり、聞こえなくなった。
「雨つよーい。早く帰りたいな」
「もう少しよ。我慢しなさい」
激しい雨に降られて、妹は耳を下げた。母の声も耳を澄まさないと聞こえない。住処に帰るまでの道のりがいつもよりも長く感じ、僕は泥まみれの足に視線を落とした。地面が微かに震えている。と思った瞬間、耳をつんざくような大きな地鳴りがした。
「え、かみなり?」
「いいえ、これは……」
身をこわばらせる妹に母が寄り添う。僕の心臓が激しくなっていた。
「土砂崩れよ。私たちの家とは反対方向のようだけれど」
反対方向……?傘を被った人間たちが頭に浮かんだ。住処と逆方向には彼女がいる!僕の足は勝手に走り始めていた。
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