優しい狐の化け方

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 泥の臭いが強くなっている。鼻が曲がりそうだ。人間に見つかる恐れも頭にはなく、道なりに僕は走った。 「あっ!」 道が土砂で途切れていた。たくさんの泥からは木々が飛び出していた。その草木の近くに人が倒れているのを見つけて、駆け寄った。彼女だ。彼女の顔は蒼白で、額から血が流れていた。下半身は泥で埋まっている。掘り出そうと土砂に足をかけるが、一瞬だけ動かした跡が残るだけで、掘り出すことは叶わない。薄い唇が微かに動いた。 「だあれ?」 クゥーン、僕だよ。あの時の狐だよ。土砂に半分以上埋まった女性は眉を寄せ、うっすらと瞼を開ける。 「き、つねさんね。あのときの……けがをしていた」 そうだ、すごい、人間とも意思疎通ができるんだ。僕は何度も頷いた。助けてあげるからね。いい狐はちゃんと恩返しをするんだから。必死に前足を動かした。 「ふふふ、もうむりよ」 そんなことない、必ず助けるんだと頭を振る。 「きつねって、つるみたいにおんがえしをするかしら。どうか……左衛門さんを、しあわせにしてあげて。あのひと、さみしがりや、だから」  そんな死んでしまうみたいなことは言わないで欲しい。微笑みを浮かべた彼女はまだこんなにもはっきりと話している。この土砂から逃れられたら、またあの男性と、左衛門さんと会えるはずなのだから。 「おねがいね」 クゥーン、クゥーン、お願いしないで。また綺麗な手で僕の毛並みに触れて。大粒の雨が僕らを隔てた。ガラガラと雷のような音が鳴り響き、地面が動いた。崩れたところに重なるように、更に土砂が流れて迫ってくる。 「にげて」  僕はすんでのところで土砂から飛び出して振り向くと、美しい女性が呑み込まれていた。助けたくとも、近づけない。幾重にも土砂が重なり、広がっていた。もう彼女は…………。もっと早く着いていれば、もっと僕の足が大きければ、後悔が胸にのし掛かり、僕は地面に跪いた。  助けてあげられなくてごめん。優しさに報いることができなくてごめんなさい。涙は雨となり、消えた。
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