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「お梅や、お土産だよ」
「ありがとうございます」
「今度はお梅も連れて行きたいな」
「あら、それは楽しみですわ」
左衛門は小さな包みを僕の手に乗せる。美しい桃色の包みの中には、星のカケラが輝いている。金平糖という口に含むと上品な甘さが広がるお菓子だ。左衛門はよく僕に、お梅に甘いお菓子を買ってきてくれた。『甘さでほころぶお梅の頬が好きなのだ』と酔っ払ったときに照れながら話していた姿を覚えている。
祝言をあげ、もう数年経った。やっと人間としての生活に慣れて、左衛門との仲も問題なく進んでいる。いや、問題はたったひとつだけあった。
「そうだ。俺がいない間は何事も無かったか?」
「……え、はい」
「んんっ?」
左衛門がじっとりと僕の顔を見つめて『あぁっ』と声を上げた。
「もしやまた子どもを急かされたのか?」
「えぇ、はい」
問題は子どもができないことだった。それもそのはずで彼は僕に触れようとしない。大事にはしてくれてはいるが、子どもを求めてはこない。もっとも求められても、化けている狐との子はできないだろう。
ただ周囲の者は子ができぬことが不満のようで、チクリチクリと会うたびに釘を刺してくる。左衛門自身はどこ吹く風という感じで、ふらりふらりと笑って過ごしていた。
「まぁ気にするな。子どもは授かりものよ。いつかコウノトリが届けてくれるさ」
「そうでしょうけれど。子は家の為にも必要ですよ」
「お梅までそんなことを言うのか」
彼は首をかいて、ため息を吐いた。
「言っておくが側室、愛人は持たんぞ。お梅以外の嫁は要らん」
「左衛門さん」
「嫌だ。お梅だけがよいのだ。お梅の代わりはいない」
左衛門の言葉は正直嬉しい。彼女が愛されて続けていることがたまらない。でもいつまでもこのままではいられない理由があった。
「左衛門さん。家の者も、ッケホゲホ」
「お梅」
肺が痛み、咳き込んだ背中を左衛門が優しく撫でた。
「大丈夫か?冷えてきたのかもしれん。火鉢を持ってこようか」
「っありがとうございます」
左衛門が足音を立てて部屋から出たのを見送って、僕は布団に潜った。お梅としての姿は変わらず美しいが、中は衰えていた。狐の寿命は人間よりもとても短い。命の終わりが迫っていた。
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