【録音記録4】

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【録音記録4】

 以下、みちおさんから聞いた話である。 『日本人形ですか』 『はい。この写真にたくさん写っているのですが……見えますか?』 『うーん……すみません何も写ってないですね……。ああ、でも呪いの家で日本人形を見たことありますよ』 『え! 本当ですか!』 『ただ……子供の頃の話なので信憑性がやや欠けると思いますがそれでも良いですか?』 『ぜひお願いします』 『日本人形を見たのは両親が亡くなった日の夕方。呪いの家の前でこけしを拾ったときでした。そのとき両親は数メートル先で近所の人と立ち話をしていました。僕はそれがつまらなくて、両親と近所の人に見つからないようこっそり離れたんです。盛り上がっていたから簡単でしたよ。それで……たしかこけしを拾った瞬間に呪いの家の方から視線を感じたんです。見ると玄関が開いていて真っ赤な日本人形が浮いてたんですよ。びっくりしましたが微動だにしなかったのでこけしをシャンパーのポケットに入れて両親の元へ戻ったんですよね。追ってくる気配はありませんでしたが、振り返ると敷地外に顔だけ出してじっと見ていました。でも……人形の視線の先は僕ではなく父に注がれていたような気がします。まあ人形の表情は変わりませんから本当に父を見ていたか定かではありませんが』 『真っ赤な人形! 写真に写っています四枚目と十枚目の写真に!』 『あ、人形は見えませんけど玄関が開いてますねこれ。奥の方は暗くて何も見えませんが……へぇ、手前の方は昔のどこにでもある普通の家って感じの玄関ですね』 『普通の家……そういえばみちおさんはこの家の持ち主について知っていますか?』 『呪いの家は祖父母が子供の頃からあったとは聞いていますが、建てられた経緯や住んでいた家族の詳細はわかりません。ああそうだ、僕より祖父母の方が詳しいと思うので連れてきます』 『え、でも……僕に合わせる顔がないって……きっと僕を見たら辛いことを思い出してしまうのでしょう? それは申し訳ないですよ』 『謝罪しないといけないのは僕たちです。お客様に不愉快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。竹井さんは……いえ、祖父母の口から直接話してもらいましょう。少々お待ちください』  数分後。みちおさんは祖父のしげのりさん(仮名)を連れて戻ってきた。 『お待たせしました。祖父を連れてきました。祖母の方は体調を崩していたので連れてこられませんでした。それでは僕は仕事がありますのでこれで』  ※ ※ ※  チェックインしてからずっと会えなかったが、これでようやく話を聞くことができる。早く話を聞きたい。僕の心は早く早くと子供のように急かしていた。  以下、しげのりさんからのお話である。 『あのときは本当に申し訳ございませんでした』 『いえいえ、お辛い事情があったのでしょう。僕は気にしていません。それよりも呪いの家について聞きたいのです。いつ頃から存在しているかご存じですか?』 『呪いの家は私の子供の頃からありましたね。建てられた当時は呪いの家なんて呼ばれていなくて、どこにでもある普通の一軒家だと聞いたことがあります。少なくとも住んでいた人がいなくなるまでは呪いの家ではなかったと思います』 『元の住民がいなくなった理由は知っていますか?』 『残念ながら私が生まれるよりずっと前にいなくなっていて、私の祖父母でさえも知りませんでした。物心ついた頃にはあの家は呪いの家だから入ってはいけないと教えられ、成り立ちについては興味がありませんでしたね。おそらくこの町のほとんどの人はそうだと思います。興味があったのは亡くなった人の噂だけでした。学生だった頃はどうしてそんな馬鹿なことをしたんだと笑っていました。……死者に対して失礼ですよね』 『若い頃なんてそんなものだと思いますよ。そうだ、気になっていたことがありました。呪いの家の周辺って最近まで道路工事をしていたんですか?』 『その通りです。私が中学生のときに隣町で呪いの家の噂が広まってしまったんです。それはそれは大変でした。なにせ毎日のように入った人が亡くなるものですから、警察による警備強化でピリピリしていました。それからしばらくの間は呪いの家周辺を立ち入り禁止にしていましたが……やはりただ禁止にしただけじゃあ入ってしまう人もいるので、道路や水道管などの工事を始めて簡単には入れないようにしたんです』 『なるほど。呪いの家の周辺だけ新しい道路だったのは工事をしたからだったんですね』 『工事は何十年も続きました。世間が呪いの家に関心を持たなくなり、記憶から薄れていってようやく終わったんです。中学生の頃に始まり、終わったと思ったら私もすっかりおじいさんになってしまいました。だから呪いの家の取材をしていると聞いたときは本当に驚きましたよ。それに……あなたはあつのりによく似ています』 『あつのりさんというのは?』 『私の息子です。みちおにとっては父親にあたりますね。あつのりを最後に見たときもあなたのような明るい茶色の髪をしていました。「この辺で染める人はいないし目立つからやめてほしい」これがあつのりにかけた最後の言葉でした。これからも会えると思っていたし、私たちより先に亡くなるなんて考えもしなかった。私たちが同居していれば止められたかもしれないと思うと……今でも後悔しています。犠牲者はもう出したくありません。できれば取材も中止して明日は呪いの家のことを忘れてゆっくり過ごしてほしいと思っています』 『……そうですね。取材はもう十分です。単なる好奇心でしたから。明日はのんびり過ごそうと思います。ありがとうございました』  ※ ※ ※
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