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宿の手配
僕はさっそく宿の手配をした。●●町に一軒だけある『山の恩』という名前の古い民宿だ。宿の概要ページにある写真にはご年配の夫婦が写っている。宿屋を背に微笑んでおり優しそうな印象を受ける。取材にも快く応じてくれそうだ。
準備を整えたら取材する内容を決めておこう。必ず聞いておきたいのは三つ。
・呪いの家の有無
・住所
・直近で亡くなった人
ただ、最後の質問は不快な思いをさせるかもしれない。様子を見てから切り出した方が良いだろう。
予約の方法はネットから可能だった。古い宿屋はいまだ電話での予約が主流かと思っていたけど、しっかりとしたホームページがあるということはネットに強い若い従業員でもいるのだろう。
でも僕はあえて電話をかけた。取材をしたいと伝えたいからだ。アポイントメントを取らずに行ったら断られることが多いし失礼に当たる。こういう小さな積み重ねは今後のフリージャーナリスト活動において大事なことだ。
電話をかけると若い女性の声が聞こえてきた。やはり若い従業員がいた。
「お電話ありがとうございます。民宿山の恩です」
「もしもし、六月三日から三日間泊まりたいのですが空いてる部屋はありますか?」
「お部屋のご予約ですね。人数とチェックインのお時間はお決まりでしょうか?」
「人数は一人で、十七時頃を予定しています」
「少々お待ちください。……はい、全てのお部屋に空きがあります。お一人用の部屋もございます」
「ではそこでお願いします」
「はい承ります。お客様のご氏名とご連絡先をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「竹井俊史。連絡先は090-××××-△△△△です」
「ありがとうございます。それでは確認させていただきます。六月三日の十七時から一名様。お名前は竹井俊史様でお間違いないでしょうか?」
「はい。それと、僕はフリージャーナリストなんですが取材は可能でしょうか?」
「取材、ですか」
「はい。●●町で怪談特集の取材をしたくて。いろんな人から話を聞きたいんです」
「少々お待ちください」
ここで五分ほど待つ。
「大変お待たせしました。主人から許可を頂きましたので大丈夫です」
「では当日はよろしくお願いします」
「はい。それではお気をつけてお越しくださいませ」
無事に予約と取材の許可が取れた。しかし電話に出た女性は近くに呪いの家があるにもかかわらず怪談特集の取材をしたいと言っても動揺した様子はなかった。大学生の不審死はいつ頃の出来事だったか――ネットが発達する前だから少なくとも二十年以上は前だったはず。日付を確認しておけばよかった。それからは死人が出ていないのだろうか。ならば若い人は知らないのかもしれない。
実は呪いの家なんてものは存在しない可能性だってもちろんある。呪いの家という言葉が出てきたのは不審死を遂げた大学生の遺族のインタビューのみ。ネット上では遺族がイタコに依頼したことくらいで、呪いの家そのものに関する情報は一つも得られなかった。もう存在を証明するのは大学生家族が住んでいたとされる●●町での聞き込みしか残されていない。ああ、こんなので記事を書けるだろうか。
六月三日の昼。僕は飛行機に乗って青森県まで飛んだ。今は空港からバスで●●町方面へ向かっている途中だ。町並みはとても綺麗で、とても呪いの家があるとは思えない。
しかし実際に●●町へ入ると様子は一変した。
周囲の家は昭和初期あたりに建てられてそうな家ばかりになり、どことなく暗くどんよりとした雰囲気だ。心なしか肩が重い。今日の天気はどうだったっけと、●●町の天気を確認すると本日は曇り。雨が降る予報はないが今にも降り出してきそうなほどの暗さだった。この雲は僕が滞在している間はずっと留まっているつもりのようだ。僕が帰った後は晴れを示す太陽マークが続いている。まったく……幸先が悪い。
宿屋近くのバス停で降りる。民宿『山の恩』はバス停から徒歩で約十五分かかるので道すがら町の様子を観察してみた。それにしても東京と違って一人もすれ違わない。これでは聞き込みもかなり苦労しそうだ。民家の近くに寄ると生活音が聞こえてくるから誰も見つからなかったら思い切って家へ突撃しよう。
十五分後、民家の数が少なくなり周りに木が増えてきた。地面もコンクリートから砂利道へと変わり、慣れない道のせいで歩くスピードが遅くなる。まあ……メモしながら歩いているのも理由の一つだが。しかし目的の宿屋はすでに目に映っている。黒い屋根に茶色い壁。二階の壁には白色で大きく『民宿 山の恩』と書かれている。もう少しだ。
宿屋の扉を開けると受付カウンターにおばあさんが座っていた。このおばあさんは宿屋の概要ページにあった写真に写っていた人だ。
「おや、いらっしゃ……」
おばあさんは僕の顔を見た瞬間言葉に詰まった。そのとき、受付の奥からおじいさんが出てきて、こちらも驚いた顔をした。老夫婦は驚いた顔をしたままゆっくりと後ずさり、素早い動きでササッと奥へ引っ込んでいってしまった。
姿が消える直前におばあさんが「あつのり……」と、誰かの名前を呟いていた。名前からして男性だろうけど、あつのりとは一体誰のことだろう。
老夫婦の代わりに出てきたのは三十代の女性だった。
「お待たせしました。竹井俊史様ですね」
声から彼女が電話に出てくれた人だとわかった。受付を済ませ、部屋に大きい荷物を置いた後はさっそく彼女――みゆきさん(仮名)に取材を申し込んだ。
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