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【録音記録2】
以下は山下さんの話である。
※ ※ ※
『呪いの家の調査? 物好きな人ねぇ。え、雑誌の怪談特集に使うの? ああそうなの……。なら、ここの町の名前は出さないでもらえるからしら。私も偽名でお願いするわね。もう何年もね、犠牲者は出ていないの。みんなあの子で終わりにしたいと思ってるのよ……』
『あの子?』
『大学生の子よ。もう十年以上前かしらね。ご両親が口を酸っぱくして入るなってずぅーっと言い聞かせていたのに。大学に入ってイメチェンしたから気が強くなっちゃったのかしら。そう、髪をあなたみたいな茶色に染めたのよ。黒から茶色に変わっただけで違う人に見えてびっくりしたわ』
『なるほど……気が強くなった、と。ちなみにその大学生の家はこけしを捨てたことがあるのでしょうか』
『うーん……よそ様の家の事情は詳しくないけど息子が不幸な目に遭ったんだから捨てていないんじゃないかしら』
『こけしを捨てないことと不幸になることって関連があるんですか?』
『ええ、あるわよ。私も不幸になりたくないから捨てたわ。最初は買ったばかりの新品を捨ててたんだけど、亡くなった母の部屋を掃除していたときに古いこけしが出てきたのよ。そのこけしが入っていた箱に母の字で「こけしを呪いの家に捨ててください」って書いてあったからすぐに捨てたのよね。うちに古いこけしはないと思ってたから嬉しかったわ』
『こけしを捨てると幸せになる?』
『そうなの! 隣の家はたしかに呪いの家なんだけどそれだけじゃないのよ。あの家にこけしを捨てると幸運を運んでくれるって言い伝えもあるの。捨てるこけしは古ければ古いほど良いわね。大事に仕舞われていたのなら尚良し。子供の頃は半信半疑だったわ。母が買ったばかりのこけしを一週間に一回捨ててたんだけど、最初はどうして捨てるのかわからなかったし何の意味があるんだろうって思っていたの。でもね、父も母も仕事に追われてこけしを捨てに行けなくなって……ひと月経った頃かしら? 両親の仕事が落ち着いたら不幸が起きるようになったのよ! タンスの角に足をぶつけたり、何もないところから出火したりね。そういえば冷蔵庫も壊れたわね。あの時は怖くて怖くて震えたわ。とにかく小さな不幸から大きな不幸まで一気に襲いかかってきたのよ。今話した不幸、たった半日で起きた出来事よ。両親はしばらくこけしを捨てに行けなかったから……ってすぐに原因を察したわ。急いでこけしを買いに行って捨てたわよ。そしたら翌日からまた良いことが起きるようになったわ。今までと同じように小さいけど確実な幸運。買い物で安くしてもらえたり魚が大量に釣れたりね。額は少なかったけど宝くじも当たったことがあるわね。人生が大きく変わるほどじゃない、生まれたときから知っている幸運が戻ってきたのよ。あの出来事があってからは私も何よりも優先してこけしを捨てに行くようになったわね』
『今も幸運が続いているんですか?』
『ええ。古いこけしのおかげで幸運が続くようになったのよ。もう私が生きている間は不運になることはないわね。母に感謝しなきゃ。きっと私も両親と同じように安らかに逝けるでしょうね。今ね、子供のためにこけしを保管しているの。古いこけしはそれ一つで保管年数分の幸運を運んできてくれるって言い伝えがあるのよ。祖父母も保管していたみたいだけど、母に渡す頃にはすっかり虫に食われちゃってて効果なかったのよ。だから防虫対策は必須ね』
『こけしを複数保管していたら世界中の誰よりも幸福になりそうですね』
『それが同じ家で複数のこけしを保管するとなぜか効果がなくなるのよ! こけし同士が反発しちゃうのかしら……あ! そろそろ夕飯の準備しなくちゃ。ごめんなさいね長々と』
『こちらこそ突然押しかけてすみません。貴重なお話ありがとうございました』
『くれぐれも家には入らないようにね。それじゃあ』
※ ※ ※
山下さんと別れた後も近所で聞き込みを続けた。そうしたら全ての家でこけしを捨てていることがわかった。幸運は山下さんが話していた通り小さなものだったが全員が実感しているようだ。呪いの家が近くにあるのに引っ越しをしないのは、こけしを捨てることでもたらされる幸運が理由だったのだ。
それだけに亡くなってしまった大学生やみちおさんの両親の死が際立つ。彼らもこの地域に住んでいたのだから呪いの家には入らないこと、こけしを捨てると幸運が訪れるという言い伝えを知っていたはずだ。わざわざ家の中に入って『死』を選ぶ必要はない。
特にみちおさんの両親。大学生は年齢的に好奇心で入ってしまったと考えられるが、みちおさんの両親は小さい子供を残す形になってしまう。こけしを捨てれば幸運になれると知っていて、体感もしているだろうに。
もっと話が聞きたい。みちおさんの両親についてよく知っている人――みちおさんが五歳のときに亡くなったのだから彼はきっと両親のことをよく覚えていないと思われる。ならばみちおさんの祖父母に聞くのが一番だ。【あつのり】という名前から想像するに、あの祖父母は父方の方だろう。しかし彼らは僕の顔を見て奥へと引っ込んでしまった。みゆきさんかみちおさんに話を通してもらおう。
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