準備

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準備

 佐藤さんの取材を終えた僕は愕然とした。  日本人形が見えていない?  佐藤さんはふざけている様子ではなかった。本当に見えていないのだ。写真には確かに今も日本人形が写っている。この大量に写っている日本人形は僕にしか見えていない?  佐藤さんに話を聞いた後はみちおさんを探していた。幼い頃に呪いの家で両親を亡くし、こけしを拾ったことがあるみちおさんなら日本人形のことを知っているかもしれないと思ったからだ。しかしみちおさんは朝早くから出かけており、帰ってくるのは夕方になるとみゆきさんから聞かされた。  仕方ない。呪いの家に行こうか。  と、考えて首を振る。僕は一体何を考えているのか。あんなにも人形を怖がっていたのに呪いの家へ行くなんて……行ってしまったら日本人形に見つかり、家の中に引きずり込まれるんじゃないか?  実はこの町に来てからどうにも足が引っ張られる感覚がある。まだ帰るなと何かに強く繋ぎ止められている気がするのだ。四枚目と十枚目に写った真っ赤で、両目がない日本人形の顔が頭から離れない。  今日も呪いの家の近くに住む人たちへの取材を考えていたけど、撤回だ。このままだと僕は家の中へ入ってしまう。みちおさんが帰ってくるまで別のことをしていよう。部屋で怪談特集の記事を進めておこうか。  午後三時になった。みちおさんが帰ってくるまでまだ時間がある。僕は後悔していた。午前中は特集用の記事を書いていたのだが、午後から買い物に出かけてしまったのだ。もちろん呪いの家には近づいていない。行きたい衝動をなんとか抑えたのだ。  しかしこれでは入る気満々じゃないか。  廃墟を探索するのに必要な道具を買ってしまったのだ。昼食を食べた後、ふと「呪いの家は外から見たら廃墟には見えないけど中はどうなっているかわからないな」と考えてしまった。ライトは目が眩むほど明るいものを選んでいる。頑丈な服と靴も購入した。それと怪我をしたときのために応急セットまで買ってしまったのである。急ごしらえにしては上出来だろう。ああそうじゃない。どうしてこんなにも僕は呪いの家に入りたがるんだ?  ポケットには助けを呼ぶために入れたであろうスマホが入っている。こんなものを持っていっても助けなんてこないだろうに。少なくとも近隣住民は家の中に入らない。事情を知らない県外の人なら入ってこれるかもしれないが、仮にいたとしても到着する頃には息絶えているだろう。  ああ、僕は一体何をやっているのか。どうして呪いの家に行く準備をしているのかわからない。夕方まで部屋にいればよかったのに。完全に無意識だったと思う。宿を出てホームセンターへ行き、帰ってくるまでの間の記憶はある。でも……自分なのに別人のように感じてしまう。  しかし買ったものを返品するために外に出るのは怖い。外に出てしまったら今度こそ呪いの家に行ってしまうかもしれない。それに店の人にも迷惑がかかる。フリージャーナリストであるからには妙なことをして有名にはなりたくない。ああ、これもおかしな考えだ。僕は呪われて死ぬと言われている呪いの家に入ろうとしているというのに、今さら自身の評判を気にするなんておかしいじゃないか。やはり返品しよう。そして帰りに呪いの家に……。ダメだ、すぐに意識を持っていかれる。真っ直ぐ宿まで帰ってこれる自信がない。  部屋に戻ろう。戻って、みちおさんが帰ってくるまで待つべきだ。みゆきさんにみちおさんが帰ってきたら「取材をしたい」と伝えてくださいと言っておけば大丈夫だろう。よし、絶対に部屋から出るものか。  夕方、ノック音と共にみちおさんの声が聞こえてきた。ドアを開けるとみちおさんが「遅くなってすみません」と謝ってきた。時計を見るといつの間にか十九時になっていた。
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