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12 万全の守り
「どうして泣いているの?」
シャンタルはいきなり泣き出した、リューあらためトイボアの涙に驚いてそう聞いた。
「彼はシャンタルに話しかけてもらってうれしいんですよ。ほら、前にミーヤさんやアーダさんが言ってたでしょう、シャンタルがいてくださることが素晴らしい、それだけで力を与えてもらえるって」
アランがそう説明する。
「彼もそうなんですよ。それだけでもうれしいのに、優しい名前だと言ってもらってうれしかったんですよ」
「そうなのですか?」
アランの言葉にシャンタルが確認すると、感動のあまり言葉を発することもできないトイボアは、ただ黙って頷いた。
「ええ、よかったですね、喜んでもらえて」
アランの言葉に今度はシャンタルがはにかみ、ただ黙って小さく頷いた。
「トイボアさん、あなたの気持ちは通じましたから、席に戻ってくれませんか? せっかくのごちそうが冷めてしまう。俺、もう腹減って待ちかねてるんですが」
アランがふざけたようにそう言って、トイボアも黙って頷きながら席に戻った。
それからは、楽しく昼食のひとときを過ごすことができた。主にシャンタルとアランがお友達として会話をし、そこにぼつぼつとディレンが話をはさむ。次第に慣れてきたハリオも少しずつ会話に参加するようになった。トイボアは話しかけられると少し返事をするが、後は聞き役に回っていた。
侍女たちが取り分けた料理を渡してくれると、トイボアと違ってシャンタルに対してそこまで特別の勘定がないからだろう、ハリオは素直に見事な料理にいちいち感動しては感想を口にする。それを聞いてシャンタルが楽しそうにクスクス笑い、楽しそうな様子にアランやディレン、そしてトイボアの顔も思わずほころぶ。
楽しい昼食は無事に終わった。
「今日はたくさんの方とご一緒できて本当に楽しかった。またよかったらご一緒しましょうね」
シャンタルが幸せそうにそう言って4人に笑いかける。
「ええ、じゃあ今日は俺たちはこれで。また」
アランがそう言ってお開きとなり、友人同士がよくするように、またいつと決めない約束をして、4人は元の部屋に戻ってきた。もちろんトーヤたちはまだエリス様の部屋にいる。
「どうだった」
室内に入った途端、ぐったりとソファに座り込んだトイボアにディレンが笑いながら声をかける。
「疲れました」
「そうか。それでどうする?」
「え?」
「シャンタルかマユリアに王様のことを言いつけたかったんだろうが」
ディレンの言葉にトイボアがふっと自嘲的に笑い、
「とてもそんな気持ちには」
と言って首を左右に振った。
「なんでまたそんな気がなくなった」
「思っていた方とは違いました。まさか、あんなあどけない可愛らしい方だとは思わなかった。とてもそんな話を聞かせてはいけない方だ、それが分かったからです」
トイボアの顔は晴れやかだった。
「ありがとうございます。おかげで気持ちが晴れました。なんだか何もかもすっきりした気持ちです。もうこれで思い残すことはない」
「おいおい、なんか物騒なことを考えてるんじゃないだろうな」
「いえ、逆です。これでこの国を捨てる決心がつきました。これからは船長の下で船員として働かせてください」
トイボアがそう言ってディレンに頭を下げた。
「それなんだがな、もうちょい考えてみないか」
ディレンの言葉に驚いたようにトイボアが頭を上げる。
「勘違いするなよ、おまえはもう俺の部下だ。そうしたいってのなら、いくらでも俺の下で働いてもらうし、あっちにも連れて行く。けどな、その前に本当に心残りがないかどうか、考えてみろ。嫁さんと子供のことだ」
トイボアは黙ってディレンの顔を見ているだけだ。
「俺はな、ああ失敗した、またやっちまったって経験を何度もしてる。だから言っておくんだが、船に乗ってあっちに行ってから、やっぱりもう一度だけ本当の気持ちを伝えておけばよかった、本当の気持ちを聞いておけばよかったと思ってももう遅いんだ。だから、よく考えろ。幸いにも交代にはまだ日がある。今日はこのまま船に帰るから、そこでよく考えてみるんだな」
トイボアは黙ってソファに座ったまま、ディレンが部屋を出るぞと言うまで動かなかった。そして黙ったまま馬車に乗って船に帰った。
「そんなことになったか」
部屋に戻ったトーヤたちにアランとハリオが経緯を説明した。
「それで神官長に命令されたって話す気になるかな」
「え?」
「そういうの狙ってキリエさんとルギがそいつをシャンタルと会わせたんだろうよ」
「そんなことしてシャンタルになんかあったらどうすんだよ!」
ベルがトーヤの言葉に驚いた。
「そうならねえために、万全の守りをしてただろ?」
「ああ、そうだな」
アランが謁見の間の守りを思い出す。
「もちろん、俺や船長、それからハリオさんも全員がシャンタルの守りになるように配置されてたし、侍女や衛士、全員でリューから目を離さなかったな」
「こっわ! やっぱあの2人めちゃくちゃこええ!」
一見おだやかな食事の風景に、それだけのことを仕組んでいたキリエとルギに、ベルが思わずそう言った。
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