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5 国王の座
その日の午後、ヌオリたちが前国王を匿っているセウラー伯爵家の別邸に手紙が届けられた。
「届けてきたのは神官の格好をした男だそうだ」
ライネンがそう言ってヌオリに2通の手紙を手渡す。一応ヌオリがこの集まりのリーダーだから。
ヌオリが受け取った手紙の1通には宛て名がなく、もう1通には「敬愛する主へ」と書いてあった。
「これってつまり、そういうことだよな」
「そうだな」
「どうする、このままお渡しするか、それとも一度開封して内容を確かめるか」
ライネンの質問にヌオリがしばらく考えてから、
「このままお持ちして目の前で開封していただこう。どこかの誰かが、もっと良い条件で受け入れます、なんて話を持ってきて、それにのられてはかなわないからな。我々が今までどれほどの苦労をしてきたと思うのだ」
と言った。
苦労か、とライネンは心の中でつぶやく。言うほどの苦労はしていないと思う、などと口に出してヌオリに言えるはずもない。だが、いくら考えてもそれほどの苦労はしていないとしか思えない。
王宮に前国王に会わせろと日参するために宮の客人となり、誰かが前国王を神官の振りをさせて送り届けてくれた。その国王を馬車に乗せて連れ帰っただけだ。
(しかも、何をやらかしたのか分からないが、追い出されるようにしてな)
ライネンもヌオリたちと一緒に活動していた時には気がつかなかったが、少し離れた位置から見てみると、なんとも口だけ、何もできない集団だと思うようになってきていた。それでも父親たちの世代、国王のそばにくっついて、ほぼ何もせずに権勢だけを誇っていた世代よりはましだと思う。まだ行動する気があるだけは。
「とりあえず、こちらの手紙を確認するか」
ヌオリが銀のペーパーナイフで、封蝋で封をしてある手紙の頭部を切って開けた。手の中で銀色がキラリと光り、なんとも貴族らしい動きだ。このような作業には本当に手慣れているからな。ライネンが自分の身も重ねてみて、皮肉っぽくそう考えた。
「なんだこれは」
ライネンはヌオリの言葉に現実に戻された。
「何が書いてある」
「まあ読んでみろ」
そこには、マユリアが国王との婚姻を決意した、と書いてあった。
「国王との婚姻って、皇太子のことならすでに皇太子妃と婚姻している立場では、マユリアとの婚姻は無理だろう」
「分からん、皇太子妃と離縁でもするつもりなのか?」
「そんな簡単なわけにはいかんだろう」
何しろ若い国王の取り巻きはその正妃である皇太子妃と言っていいのか皇后と言っていいのかは分からないが、その縁者なのだ。
「皇太子妃と離縁するとなると、一気に皇太子の力は弱まるのではないか?」
「そうなるな」
ヌオリとライネンは首をひねるが、手紙にはその一言だけしか書かれていないので、それ以上のことは分からない。
「もしかすると、こちらの手紙に何か書いてあるかも知れんぞ」
2人は前国王が身を隠している部屋へと急いだ。そして手紙を渡す。
「封を開けて中の手紙を渡せ」
前国王はふんぞり返ってそう命じる。
ライネンはここしばらく、ずっとそのような態度に我慢をしてきていたが、普段、命じられることに慣れていないヌオリは少しムッとしたようだ。
「その前に、こちらの手紙の内容を御覧ください」
「それはなんだ」
「こちらは宛て名がなく届きましたので、念のために開封して中を確認いたしました」
前国王は黙って手紙を受け取ったが、
「なんだこれは!」
と、その手紙を握りつぶし、
「マユリアが国王と婚姻だと! 我が国では婚姻は一人としかできぬと決まっておる!」
と、こめかみに青筋を立てた。
「はい、おっしゃる通りです。それで、我々も一体どう判断したものかと考えているのですが、もしかすると、陛下への手紙の中に何か事情が書いてあるやも知れません」
ヌオリが丁寧にそう答えると、
「早く貸せ!」
と、国王宛てらしい手紙を開封するようにとせっついてきた。
ヌオリが再び、優雅に手紙を開封する間も、前国王は待ちかねるようにして、
「貸せ!」
と言って、ヌオリの手から優雅さのかけらもない横暴な手付きで手紙を奪い取る。
前国王はじっくりと手紙を読み、ふっと表情を緩ませた。
「なるほどな、そういうことか」
そう言って、うすら笑いを浮かべながら、手紙をヌオリに渡した。
そこにはこのように事情が説明してあった。
つまり、マユリアは「国王」と婚姻するとは決めたが、それは個人を特定するものではないこと。そしてマユリアはそのことで女神でありながら、人の、王家の一員となる、そのための婚姻であること、と。
前国王は笑いながら椅子に腰掛け直し、
「この国の国王である者が女神マユリアの夫になれる。つまり、王座を取り返しさえすれば、マユリアは私の妻になる、そういうことだ」
と言った。
「その日までになんとかしろ」
「ですが、陛下には皇太后陛下――」
「皇后だ!」
ヌオリが思わず口にした失言を前国王はすぐさま否定する。
「私こそがこの国の国王だ! 息子は単に一時的に国王の振りをしているだけ、天がそれをお認めになったからこそ、私に玉座に戻れとおっしゃっているのだ!」
その目は狂気じみた輝きに満ちていた。
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