出会い

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出会い

  外面は優秀な生徒を装っている寺崎は、基本的に教師の頼みを断れない。定年退職を今年に控え、尚且つ腰を痛めたという日本史の教師から、荷物を運んで欲しいと頼まれれば、選択肢は「はい」か「喜んで」しかない。 しかし、今回ばかりは断っておけばよかったと後悔した。 社会科準備室から聞こえる物音と微かな喘ぎ声に、寺崎はつい舌打ちをする。 ここで寺崎がいくら待とうとも、中の連中がいつ出てくるかもわからない。そも、悠長な性行為を待てるほど、寺崎の気は長くは持たない。何より、両手に抱えた資料を早く下ろしたくて仕方なかった。 僅かに開いた扉の隙間に、寺崎は器用に足を差し込む。せめて鍵を閉めろよと、心の中で独りごちた。 そして隙間に差し込んだ足で、寺崎はこれまた器用に扉を蹴り開けた。 「キャッ!」 「ぁん?」 ピシャリと大きな音を立てて開いた扉に、中にいた2人の視線が集まる。 1人はこちらに背を向ける形で準備室の机に座る、金髪に染めたガタイの良い男子生徒。確か同じ2年生の荒垣祐介だった筈。手の付けられない不良で有名だ。 荒垣に跨るもう1人の茶髪に染めたロングヘアーの女子生徒に至っては、寺崎も名前を知らない。が、荒垣の手が制服に突っ込まれ、乱されている時点で何をしようとしていたかは明白だ。 白い目を向ける寺崎と、荒垣の肩越しに目が合った女子生徒はみるみる顔を赤くさせ、荒垣を突き飛ばす様に上から降りた。 「最ッッ悪」 乱れた服装を戻しながら、女子生徒は寺崎の横を通り過ぎる瞬間に吐き捨てた。こっちの台詞だと、こぼしかけた寺崎の愚痴は机が蹴り倒される音に掻き消えた。 「邪魔してくれてんじゃねェよ、優等生クンよォ?」 蹴り飛ばされた机が寺崎の開けたドアにぶつかるが、寺崎はピクリとも反応しない。 それどころか、面倒だと言わんばかりの態度を隠しもせず、深いため息を吐いてからまだ被害に遭っていない机の上に抱えていた資料教材を下ろした。 教師には部屋に持って行くだけで良い、しまう必要はないと言われているのでこれで寺崎が承ったミッションは完了だ。 しかし、目の前の男はこのまま寺崎を返してくれなさそうだ。 「シカトこいてんじゃねェぞ、アァ?」 わかりやすく胸倉を掴まれそうになった為、寺崎は当然の様に身を引いて避ける。その時、初めて荒垣の顔を見た。 寺崎より高い視点から見下す眼力に、他の生徒ならば萎縮していただろう。しかし寺崎は相変わらず興味など無さそうに見返した。 「お前が何していようが興味はないけど。邪魔されたと認識したお前達の問題だ」 「ハァ?何言ってっかわかんねーけど、ムカつくじゃん」 荒垣は顔をわざとらしく近づけて、ガンを垂れてくる。そして不意打ちのようにボディーブローを打ってきた荒垣の右腕を、寺崎ら受け流して掴んだ。 受け流されたことに動揺した荒垣が動き出す前に、寺崎は荒垣の脚を引っ掛けて机ごと引き倒す様に仰向けに転ばせた。 「いッッ……ゔェッ」 背中と後頭部に机や椅子、そして床をぶつけた荒垣は呻く。そして荒垣が起き上がる前に、押さえつける様に寺崎は踏みつけた。 潰れたカエルの様な声を上げる荒垣に、大きく逆転した視点で寺崎は見下した。 「弱っ」 寺崎の言葉には嘲笑も軽蔑もない。ただ事実を述べるように淡々とした声だった。 だが、荒垣のプライドを破り捨てるには十分な一言だった。 「ッッッざっけんな!!」 顔を真っ赤にして暴れだした荒垣に、めんどくさそうに寺崎は避けた。 よろよろと立ち上がった荒垣は、後退りながらキッと威嚇する様に寺崎を睨む。 「なんなんだよテメェ!」 「お前なんかに名乗るかよ」 荒垣がこちらを知らないのなら都合が良い。付け回されたりでもしたらめんどくさい。 勿論そんな思考は欠片も表に出さず、荒垣が動かないのを良いことに、寺崎は引き倒した机を1台ずつ起こしてゆく。 自分が暴れた訳ではないが、証拠隠滅をしておく為だ。幸いにも、誰も出血はしていない。 「じゃあな。もう関わるなよ」 去り際にそれだけ言い残して、寺崎は荒垣の横を通り抜ける。 扉を閉めて3歩進んだ後、準備室の中からガタン、と八つ当たりのように再び机が倒れる音が聞こえた。 運んだ資料だけぶちまけられると面倒だな。まあいいか。自分のせいではない。 後はいくらでも荒垣の責任にできると開き直り、寺崎は振り返らずに教室へと戻っていった。
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