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熱
朝の気配を感じて寺崎が目を開くと、目の前には見知らぬ天井があった。
「………………?」
ホテルでもない一般家庭の天井に本気で困惑する。
停止しかけた思考をどうにか捻って記憶を蘇らせる。
……そうだ。昨日は体調不良で公園で気絶し、偶然通りかかったかつての同級生であり不良だった荒垣の家に泊まることになったのだ。
思い返せば返すほど経緯がアホらしく、恥ずかしい。主に前半が。
昨日は夕飯を頂いた後、夜も遅かったので荒垣が用意してくれた布団に潜り込んだ。ところまでは覚えているので、そのまま眠ってしまったのだろう。
ずっと寝ているわけにもいかない。起きなければ。
そう思うのに、何故か体が思うように動かない。全身が鉛になったかのように重たい。
これはおかしいとぼんやり悩んでいると、視界の端からひょっこりと荒垣が顔を覗かせた。
「お、やっと起きたか」
「…………あらがき」
寝起きとは明らかに別の原因で口が回らない。横になったまましぱしぱと瞬きをしていると、こちらの様子を見ていた荒垣が苦笑いした。
「相変わらず寝起きに弱いのな。まさか昼まで寝てるとは思わなかったけども」
「……昼?」
「昼ってか11時半。折角朝食作ったけどもう昼飯だよなぁ。一応起こしたからな?」
静かに耳を疑った。
寺崎は確かに寝起きの機嫌は悪いが、朝に弱いタイプではない。
休日だからといって、昼まで寝こけるような性格でもない。
「……あらがき」
「お前いつまで居るつもりだ?俺ちょっと買い物行きたいんだけど」
「荒垣」
「ん?」
いつもより声を張り上げれば、やっと寺崎の声が聞こえたらしい荒垣が振り返った。
「……からだ、重い」
寺崎は布団から荒垣のベッドに移され、無理やり布団を被せられていた。
ピピッと脇から音がしたので、挟んでいた体温計を取り出す。コップに水を入れて戻ってきた荒垣が覗き込んできた。
「38.2°。熱だな」
「あー……」
やってしまった。
深夜になるまで野晒しで気絶していたのだから、当然と言えば当然の結果ではある。
ついでに髪をドライヤーで乾かし忘れたのも響いたかもしれない。
「はぁ……」
「お、おいおい寝てろって!」
風邪をひいてしまったのならそれはそれでしょうがない。
立ちあがろうとした寺崎を、荒垣は押し倒すように寝かしつけた。
まるで子供のような扱いに、自然と寺崎の口が曲がる。
「大丈夫だ。帰る」
「ろくに起き上がれない癖に帰らせられるわけねェだろ!バカ!」
「お前にバカとか言われたくない」
「それこそ今はどうでもいいだろ!くっそー……今から準備しても病院に間に合わないよな……」
「土曜日だからな」
現在時刻はもうすぐ正午。
土曜日の診察は基本午前中までなので、もうそろそろ受付が閉まる頃だ。
そもそも保険証も手元にないので、どちらにせよ一度帰宅しなければいけない。
だが、目の前で複雑そうに表情を歪める荒垣を見るに、今日は家に帰してもらえそうにない。
「昨日公園で気絶したって言ってたくらいだし、元々体調悪かったんだろ。今日はもうここで休んでけ」
「そういう訳には……」
「明日仕事でもあんのか?」
「いや、ないが……」
「ならいいだろ。ちょっと買い物してくるから、寝とけって」
サイドランプや時計が置かれたサイドテーブルに水の入ったコップを置かれる。
止める間もなく着替え始めた荒垣に、身体の怠さも相まってもう寺崎は止める気も失せていた。
「汗かいたら着替えてもいいからな。着替えは……コレ、ここに置いとくから。食欲あるなら冷蔵庫勝手に漁って勝手に食ったり飲んだりしていいぞ。アイスとかなら食えるだろ。あと、今の状態で外出るなよ。分かったか?」
「んー……」
荒垣が早口で何かを言っているが、正直ほとんどが頭に入らない。
それよりも身体の怠さが勝って少し静かにしてほしいくらいだった。やかましいのは大人になっても変わっていないらしい。
寺崎が目を閉じて暫くしてから、漸く部屋から人の気配が消えた。
荒垣の匂いがする居心地の悪いベッドで、やっと寺崎は眠りについた。
結局この後、寺崎は次の日になって熱が下がるまで荒垣の世話になったのは言うまでもない。
が、この時荒垣も別の意味で相当テンパっていたのを知るのはもう少し後になる。
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