偽り

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偽り

  それからというものの、何かと荒垣との関係は続いた。 2人で飲みにも行ったし、荒垣が寺崎の家に来たりもした。 再会したあの日以来、寺崎は何かと体調を崩しやすくなっていた。体調不良が原因で疎かになっていた寺崎の面倒を何かと見てくれたのが荒垣だった。 正直、寺崎は荒垣がここまで面倒見が良い人間だとは予想だにしていなかった。 見捨てれば良いのにと思う反面、文句持たれず、見返りも求めずに面倒を見てくれる荒垣の存在は有り難く、嬉しくあった。 冬が通り過ぎて、春が来ても。寺崎が自動車を購入して荒垣の家の最寄駅に来ることがなくなっても。 2人の関係はなあなあに流されるように続いていた。 それはゴールデンウィーク直前の出来事だった。 寺崎の職場の慌ただしさがようやく落ち着いた頃に、久しぶりに近状報告も兼ねて飲みに行った帰り。 程々に酔いが回り、後はお互いの家に帰るだけ。そんなタイミングだった。 「あれ、カイ君じゃん」 覚えのない名前に最初はこちらに呼びかけられてるのか判断が付かなかった。 しかし、隣を歩いていた荒垣が突然足を止めたので、寺崎も止まらざるを得なかった。 振り返れば、荒垣と同じくらいガタイのいい、私服姿の男がこちらに向かって来た。 男は案の定荒垣に近づき、馴れ馴れしく荒垣の肩を組んだ。 「最近連絡くれないと思ったら、何?そいつが新しい男?」 「いや、そう言うんじゃないって」 何をどう言う意図で伝えられてるのか、寺崎は理解が及ばなかった。 ……否、理解を拒んでいた。 隣の荒垣はあからさまに動揺しながら、肩に組まれた腕を外す。まるで寺崎には知られたくない秘密でもあるように。 「ふーん?じゃあまた連絡してよ」 「あのさ、ここではそう言う話はちょっと」 「……もしかしてお隣の人、ヘテロ?」 ──その言葉の意味を知らない程、寺崎は世間に疎くはなかった。 そして男の言葉が意味する、荒垣が慌てている理由も何となく察しがついてしまった。 慌てて男を抑えようとした荒垣の動きが再び止まる。先ほどのような動揺ではなく、雷のような衝撃を受けたかのようにピタリと動かなくなった。 それが余計に言葉の意味を裏付けていた。 「あー……ごめん、そう言うことなら邪魔したわ。また連絡頂戴ね、カイ君!」 男は軽々しく謝罪をして、手を振って逃げるようにその場を後にした。 道を行き交う人が、動けずに止まる2人を不審げに見やる。 やがて最初に動いたのは寺崎だった。 踵を返して、小走りになりそうな歩みで進む。 「て、寺崎!」 我に帰った荒垣が、場を去った寺崎を慌てて追う。 しかし寺崎は、最初の目的地であった駅の方向でなく、左に曲がった路地裏へと姿を隠した。 寺崎を追うことで精一杯だった荒垣が何も考えずに路地裏に足を踏み入れた瞬間。荒垣は胸ぐらを掴まれ壁に押さえつけられた。 「ぐぅ……!」 「……何で黙ってた」 下を向いたまま出した声は、寺崎自身も驚くほど地を這うような低さだった。 寺崎の怒りが相当なものだとやっと気づいたのだろう。 荒垣の動揺が掴んだ胸倉からでも伝わった。 「……お前が、男は無理だって言うから」 荒垣の絞り出したような声は、初めて聞くほど震えて、今にも泣きそうだった。 寺崎高人の恋愛対象に男は含まれない。 いつそれを荒垣に伝えたかは寺崎も覚えていない。だが、知っていながら自身の恋愛対象を隠して近づいてきた荒垣に対する不満がみるみるうちに膨らんでゆく。 そして酒の力も相まって、カッと頭に血が上った。 右手で掴んだ荒垣を、そのまま壁に突き飛ばした。 「知っててなんで近づきやがった。何も知らない俺のこと内心嘲笑ってたか?」 「んな訳ねぇだろ!バカにすんな!」 「じゃあなんだ!?俺の事でも狙ってたのか!?」 「ちが………………」 降りる沈黙。 否定しかけていたが、結局嘘は付けなかったらしい。 これが答えだ。 「最悪だ」 口にした言葉が荒垣を傷つけると分かっていても、己の心情を吐露することを止められなかった。 案の定荒垣は一瞬傷ついた顔をして、ずるずるとその場にしゃがみ込む。 寺崎自身、何に対してショックを受けているのか最早よくわからなかった。 性的マイノリティに対して黙っているのは別に不自然な話ではない。普段ならこれほどまで怒りを覚えることはないはずだった。 しかし、荒垣との間には寺崎が「男は無理だ」と伝えた前提条件がある。 寺崎が男は無理だと知って尚、好意を持って近づいてきたのは荒垣の方だ。 前提条件を蔑ろにして故意に近づいてきた荒垣に、無性に裏切られた気分になってしまった。 「…………ごめん」 蹲った荒垣が、か細く伝えたのは謝罪の言葉だった。 性的マイノリティを黙っていたことか、好意を隠して近づいたことか、はたまたその両方か。 寺崎にとっては最早どうでもいいことだった。 裏切られたことに変わりはない。 「……しばらくお前の顔は見たくない」 告げた言葉に、荒垣はどんな表情をしたのだろう。彼が俯いている今、寺崎に知る術はない。 これ以上お互いが何かを言う前にと、蹲る荒垣をその場に置いて寺崎は去っていった。
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