吐露

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吐露

  「ゔぇぇえええ……うぅ…………」 荒垣は布団にくるまり、泣きながら通話をしていた。 既に長時間泣いた証に、瞼は腫れぼったく赤くなり、目も充血している。 ベッドの脇にゴミ箱を寄せるのも面倒で、鼻をかんだティッシュの残骸が枕の横でこんもりと山を築いたままだ。 汚い泣き声に付き合わされている通話相手は、あからさまに大きなため息を吐いた。 『だぁから、ノンケなんだから早々に縁を切っとけって言ったんだよ』 「ゔうぅ……」 『なのにまんまと2度も恋に落ちよってからに』 「がえす言葉もございまぜん……」 友人の説教に再び涙をこぼしながら、荒垣はまた鼻をかむ。 荒垣は寺崎に恋している。 だが、8年間ずっとその想いが続いていたわけではない。 1人の人間を想い続けるには、8年という年月は長すぎた。 引越しにより物理的に距離が開いたこともあり、歳を重ねるごとに焦がれる恋心は淡く儚く溶けて消えていった。 結果、荒垣の手元に残ったのは男同士の性行為への興味だけだった。 おっかなびっくりにゲイビデオを見始めたのを始まりに、興味は尻を使った自慰行為にシフトしていった。 そして数年前、アナルバージンを顔も名前も知らなかった、もう何も覚えてない男に捧げてしまった。 以降はズブズブと同性同士でセックスをするようになり、ゲイ向けの出会い系サイトで持て余した欲を発散する日々。 ある日気づいた時には、もう女性に対して性欲を感じなくなってしまっていた。 当時はまんまとアナルセックスにはまってしまった己と、何より全てのきっかけとなってしまった寺崎を恨みもした。逆恨みである。 しかしそれも数年前の話だ。 寧ろ開き直ってゲイに変化した事を受け入れた荒垣は、数か月前までサイトで知り合った男を相手に適度に発散していた。 だが、誓ってサイト以外で出会った人間と関係を持つことはしない。 携帯を現場に忘れたあの日、寺崎を見つけたのは本当に偶然であり、家に泊まらせたのも下心のない100%の善意だった。 寧ろ拾った男が寺崎だったことなど、家に招き入れて、明るい場所で見て初めて気づいたくらいだ。 最初こそ動揺したものの、欲が燻ることもなく目を見て普通に会話できていた。 これならかつての同級生として対話ができる。 そう思っていたのに。 『ああ、ありがとう』 かつてよりも深みのある笑顔を向けられたら、ダメだった。 とっくに鎮火したと思っていた熱はじわじわと、しかし確実に燃え広がってしまった。 次の日に寺崎が風邪を引き、弱った姿というギャップを見てしまった時には荒垣は恋という病がぶり返していた。 荒垣はすぐに現在の通話相手である真島という男に相談した。 『自分が男を好きになるきっかけとなったゲイ嫌いの男と再会し、また恋をしてしまった』と。 真島はすぐさま忠告した。 『お前の性的趣向に気づかれる前に関係を断て』と。 にも関わらず。 美味いと言いながら自分の作った料理を頬張ってくれる姿を、 自身の隣で真剣に映画を鑑賞する眼差しを、 酔うと気を許したかのように相変わらず悪くなる口調を。 もう少し、もう少しだけ堪能したいと言い訳しながらズルズルと関係を引きずってしまった。いつか内に秘めた想いを知られた時、傷つくのは荒垣だけでないと知りながら。 そしてバチが当たったかのように、寺崎には最悪な形で全てを知られてしまった。 寺崎の口の悪さは必要以上に荒垣と、寺崎自身を傷つけた。 想いを伝える前に暴かれた心はズタズタに切り裂かれ、荒垣は小声で謝ることしかできなかった。 結局寺崎には冷たい声で見放され、放心していた荒垣は身体を引き摺るようにどうにか帰宅。 何を言われても泣かなかったのに、布団に篭った途端に涙がブワリと溢れ出た。 持て余した傷心にどうにか整理をつけたくて、真島に電話をして今に至る。 『ゴールデンウィークの初日から失恋話に付き合わされるこっちの身にもなれよ。ったく』 「それは、ごめんなさい」 『うわ、めっちゃ素直に謝んじゃん』 いつもだったら友人間の軽口として捉えられるのだが、今は心身共に疲労していてそれどころではない。 『ぶっちゃけ何が1番悲しいの?ゲイバレしたこと?』 「んにゃ……そうじゃなくて」 勿論性的趣向が暴かれたことはショックの1つでもある。 だが、これに関しては元よりいつかバレる覚悟でいた為にまだ傷は深くない。 「好きって言う前にフラれたから……」 乱暴に引き裂くように暴かれた感情は、相手に伝える前に湾曲して伝わってしまった。 『俺の事でも狙ってたのか!?』 性的な意味でワンチャン、などという考えは微塵もなかった。ただ友人としての関係を続けられるだけでよかったのに。 けれど、寺崎の言葉を否定できるほど綺麗な感情でなかったことも確かだった。 結局出かけた否定の言葉は形になることはなく、寺崎には肝が冷えるような声で「最悪だ」と吐き捨てられた。 今まで聞いてきた中で最も怖気が立つ声を思い出し、未だ枯れない涙がぶわりとこぼれる。 『もう泣くなー!お前疲れてるんだよ!一度寝ろ!』 「ねれ゙るかよ゙ぉ……」 嫌われた。 寺崎に嫌われた。 いつか予想していた出来事だけど、やっぱり辛くて悲しくて。 でも被害者ぶることなんて到底できる立場でもなくて、死にたくなった。 結局その後も泣き腫らし、困り果てた真島を数時間拘束することになってしまった。  
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