捜索

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捜索

  荒垣は怒り狂っていた。 必ず、あのスカしたクソ野郎を今度こそぶちのめしてやると、昼休憩に廊下という廊下を練り歩いていた。 つい先日、狙っていた女とセックスまで持ち込めそうだったタイミングで、1人の男が邪魔に入った。 男はスカした態度で扉を蹴り開いて、平然と持っていた荷物と一緒に穴場だった準備室に入ってきた。まるで荒垣達を空気の様に扱いながら。 男のせいで女は逃げるわ、舐め腐った態度だったので分からせてやろうとしたら、何故か逆に抑え込まれるわ、散々な目にあった。 何より抑え込まれた時に、荒垣を踏みつけながら見下してきたあの顔。 『弱っ』 思い出しただけで頭に血が上る。ここらじゃ複数人相手でも一人勝ちできる荒垣を、抑え込むだけならまだしも、あざ笑うかのように弱いと吐き捨てた。 あの一言が普段は動かない荒垣の闘争心に火をつけた。必ずあの男をブチのめしてやると。 しかし、荒垣は男の名前どころか学年すら知らない。情けなくも後退りしながら問いかけたが、奴は答えないまま準備室を後にした。その態度に荒垣が更に怒りを覚えたのは言うまでもない。 その為、ムカつくがこうして荒垣自ら嫌になる程広い校内を1人歩き回っていた。全てはあの男を今度こそぶん殴ってやる為に。 ただでさえ悪い噂で有名かつ、ガラが悪い荒垣だが、加えて見るからに機嫌が悪い。誰もが荒垣に関わりたくないと、モーセの様に人が捌けてゆく。 荒垣もわざわざ生徒達を捕まえて奴の行方を探そうだなんて思わない。奴の特徴なんて少し周りより整った顔をしたスカした野郎で、荒垣より喧嘩が強いことしか知らない。そんな事を言いふらしてしまえば、自らの負けを全校に広める事になってしまう。それは荒垣のプライドが許さなかった。 だから、ちまちま1人で探し回っているせいで何日経っても見つからない。 「────しくね、寺崎くん」 「はい」 聞き覚えのある声に荒垣の首がぐいんと回る。 ちょうど今通り過ぎた図書室を振り返ると、生徒の誰かが図書室の中に入って行くのが見えた。 直前に生徒と会話していたであろう教師の背には気にも止めず、荒垣は大股で引き返して勢いよくドアを開けた。 ピシャンと鳴ったドアの方に、室内にいたほとんどの生徒が視線を向ける。そして普段現れるはずの無い荒垣の姿に2度、驚きの表情をした。 荒垣はジロリと室内全体を見回すが、探している顔はない。ここで本来なら図書室の奥を探すところだが、荒垣は自分がドアを開けた瞬間、準備室らしき部屋の扉が閉まった音を聞き逃さなかった。 関係者以外立ち入り禁止なんてルールは荒垣の辞書にはない。勿論、見るからに興奮したおっかない荒垣を止めるような生徒もいない。 荒垣は再び大きな音が鳴る勢いで扉を開いた。 扉を引いた瞬間、室内に秋の冷えた空気が流れ込み、カーテンが大きくはためいた。 「わぷ!」 目の前に広がったカーテンに巻き込まれた荒垣は、慌てて埃を被ったカーテンを払いのけた。 顔や髪についた埃に顔を顰める。すると、見覚えのある人物が、ちょうど窓を開けたような体制で目の前に立っていた。 その人物は強風に煽られて乱れる髪の隙間から、呆れた視線で荒垣を覗いていた。 「……何やってるんだ、お前」 男の発した声が荒垣には小馬鹿にした様に聞こえてしまった。 ついカッとなった荒垣は、先日呆気なく引き倒されたことも忘れて男に殴りかかっていた。 案の定、あっさりとかわされた拳は掴まれた挙句クルリと捻られ、トンと額を押されて尻餅を着くかと思ったら、いつの間にか出されていた準備室の鉄パイプに腰を落としていた。 「図書室ではお静かに。園児でも知ってる常識だ」 荒垣も思わず見惚れるほどスマートな動きで、男は人差し指で荒垣の額をこづいた。 ハッと我に帰って荒垣は立ちあがろうとしたが、上手く立ち上がれない。男が人差し指で荒垣の額を抑えているせいだ。 ぐぬぬと唸る荒垣から視線を外して、男は脚で荒垣が開けたままだった扉を閉めた。見るからに優等生である見た目や喧嘩の動きに反して、足癖は悪い。 「で、何の用だ。荒垣」 「ハァ!?俺の名前知ってんのか!?」 「校内で有名なんだ。知らない方がおかしいだろう」 荒垣の悪名高さは本人も自負している。考えてみれば知っていてもおかしくは無いのだが、荒垣には納得できない理由がある。 「俺はお前のこと知らねーぞ!」 「…………」 「平等じゃねェ!名前言えやコラ!」 立てない代わりに蹴りを入れたが、当然の様に届かない。男は表情を変えずスカした態度なので、先日と同じ様に荒垣に名乗る気はなさそうだ。 「いや、待てよ……?名前は知らねーけど、あのセンコーがたしか寺島とか言ってなかったか?」 「寺崎な」 「そう、寺崎!……って、今!!」 あからさまに「やらかした」と書かれた顔を、男は片手で覆って視線を逸らす。 ずっとスカして態度がようやく崩れて、ニマニマと荒垣も自身の口が吊り上がっていくのを感じた。 「そっかァ~~~~寺崎くんかァ~~~~~」 「喧しい。だったらどうした」 「開き直っても意味ねーからな?俺はもう覚えちゃったもんね!ぜってーに寺崎って名前もそのスカした顔も忘れねェからなァ!」 「静かにしろつってんだろ」 男……寺崎は荒垣を押さえつけていた人差し指を折り曲げ、第二関節でグリグリと額をえぐる。突然の痛みに荒垣は悲鳴を上げた。 「いでででで!言ってることとやってることが違うだろ」 「お前が口を塞げばいいだけだ。それよか俺の質問に答えろ」 「ふぎぎ……質問?」 「ここに何しに来た」 荒垣は涙目になりながら寺崎を見上げる。荒垣を見下ろす寺崎の視線は冷たく、それでいて緩やかな怒りが灯っていた。 荒垣は苛立つ寺崎に怯えるどころか、心を乱すことができたことに得意げになり、更に食ってかかった。 「ハンッ!そんなのお前を今度こそぶちのめす為に決まってんだろ!」 「…………なら今回もお前の負け。はい、終了。さっさと出てけ」 何故か急いだ様子で告げた寺崎は、呆気なく荒垣を解放した。そして左腕に身につけた時計をチラリと確認し、舌打ちをした。 まさか舌打ちするとは予想だにせず、荒垣は解放された喜びよりも関心の方が勝った。 「いい子ちゃんでも舌打ちとかすんだな」 「……俺は出てけと言った。どけ、邪魔になる」 「邪魔ァ~~~~?」 邪魔と言われて、荒垣の中で関心に負けていた苛立ちがむくむくと再び膨れ上がる。 苛立ちを隠しもしない荒垣には目も向けず、寺崎は部屋の隅に置かれたロッカーを開く。その中から取り出したのは──クイックルハンディだった。 「は?」 荒垣の口から気の抜けた声が出る。 寺崎は荒垣を声を無視して、手慣れた様子でクイックルハンディで準備室の棚の上や資料、ボロボロになった本に積もった埃を拭き取っていく。 ……どこからどうみても、掃除している。 「……おい」 「………………」 「聞こえてんだろ返事くらいしやがれ!」 荒垣が食ってかかる直前、寺崎がクイックルハンディの先を荒垣の方に向けて指した。 顔スレスレで止まった埃まみれのもふもふに、荒垣も口を閉じた。 「邪魔だ。出ていけ」 寺崎は念を押すように告げる。 ここまでされればバカな荒垣にもわかる。掃除の邪魔だから出ていけということだ。 寺崎は言いたいことだけ告げると、再び準備室の掃除に戻った。その様子を見ていればわかる。もう荒垣への関心はない。 「……ッッたよ!!クソが!!!」 散々言われた「静かに」という注意など頭の片隅に放り投げ、大声で吐き捨てた。 そして怒っていますという態度を隠しもせず、大きな音を立てて準備室の唯一の出入り口である扉を開く。出た後に苛立ちをぶつけるように、盛大に閉じてやった。
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