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3
柏原は両腕と頭をテーブルに投げ出した姿でしばらく痙攣していたが、やがて動かなくなった。
満子は椅子を引いて腰をあげると、ゆっくりと柏原に近づいた。
万が一の備えにと、まだ半分残っているワインボトルの首を右手で握る。
前屈みになり、柏原の左の肩甲骨の下に左耳を寄せた。
心臓の音はしない。
ほっと息を吐く。
右手にワインボトルを持ったまま、左手で柏原の肩を掴み揺らしてみる。
柏原が人形のように満子の手の動きに合わせて揺れる。テーブルの脚がぎっぎっと軋んだが、柏原は生気なく揺れるだけだった。
柏原の死体を目で捉えたままダイニングの入り口まで移動し、扉を開くと、階下に向かって声を投げた。
「大丈夫よ、死んだみたい」
しばらくすると地下の倉庫に隠れていた浜田が、ダイニングに上がってきた。
およそひと月前。
満子は総務部長の浜田に応接室に呼び出された。
満子が応接室に入ると、応接テーブルの上には、紙の束が左右に並べて置いてあった。
満子はハッとしたが、冷静を装い浜田の対面のソファに腰を下ろした。
「これ、意味わかるよね」
表帳簿と裏帳簿のコピーだ。
およそ五年のあいだ神経をすり減らして管理してきた書類だ。目を閉じてもどこに何が記載してあるか誦じられる。
「はい……」
浜田は三ヶ月ほど前に会社の身売りの話を知ったという。
その時点では課長以下に話すことは厳禁だった。
そのため浜田は、いつ提出を求められても対応できるように、自ら決算書類の整理を始めた。
資産と負債をつぶさに照合するうちに、不審な点に気づいた。
もしや裏帳簿があるんじゃないか。
そう思った浜田は一計を案じた。
会社の複合機は、コピーした原稿のデータがH D Dに保存される。
通常の設定では一時的な保存で、次のコピーが始まるとH D Dのデータは消去される。
浜田は管理者権限を用いて、H D Dのデータを残す設定に変えた。
月末の決算を終えてからH D Dのデータをパソコンで復元したところ、裏帳簿のデータが残っており、腑に落ちたのだ。
「いつからこんなことを……?」
不正の証拠は揃っている。
もはや言い逃れはできない。
いつかは捕まると、ずっと思っていた。
ようやくやめることができる。
満子はすべてを正直に話した。
「部長……申し訳ございません……」
頭を下げた満子に、浜田が意外な言葉をかけた。
「このまま、隠し通そう」
耳を疑った満子は顔を上げ、驚いた目で浜田の顔をまじまじと見た。
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