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 満子と浜田は柏原の死体を寝袋に詰めると、二人で地下の倉庫に運んだ。  地下倉庫は備蓄用の食料やワインセラーが置いてあり空調が管理されている。すぐに死体が腐る心配はなかった。  二人はダイニングに戻ると、散乱した料理を片付けテーブルクロスを変えて、あらためてワインで乾杯した。 「部長……こんなことにまで巻き込んでしまって……」 「いや気に病むことはないよ」  浜田がきっぱりと否定する。 「満子さんから柏原のことを聞いて、年甲斐もなく嫉妬していた。だからこれで僕もすっきりしたよ。ようやく君を独り占めできる」  浜田は満足気にワインで唇を湿らせた。 「部長これ、柏原が持ってたんです。中身は私がすり替えたけど」  満子はテーブルの上に透明のビニールの小袋を置いた。  袋の表面に黒の小さな文字でバツ印が書いてあり、白い粉末が透けて見えている。 「ん? これは……?」  浜田が怪訝な目を向ける。  満子は経緯を話した。  今朝、柏原が渓流釣りに出掛けている隙に、満子は柏原の荷物を調べた。  というのは、柏原が自分を邪魔に思っていることに気づいていたからだ。  三年前、柏原の子を身籠(みごも)ってから彼の態度が変わった。  妊娠を告げたとき、あからさまに迷惑そうな彼に、満子は、産んで一人で育てるといった。  認知もいらないと。  しかし柏原は、首を縦に振らなかった。  満子は泣く泣く堕ろした。  そのことは今だに後悔している。  それ以来、柏原は他人行儀になった。  あるとき、自分が寝ていると思ったのか、柏原は声を(ひそ)めてどこかに電話をしていた。 「満子とはじきに別れるから」  背中越しに、しかし、はっきりと耳にした。  柏原には自分のほかにも女がいる。  その後、目を盗んでスマホをチェックすると、睨んだとおりだった。  そしてひと月前、裏帳簿が発覚するかもしれないと相談したとき、柏原は明らかに動揺していた。  ところが、最近急に優しくなった。  企みを隠すための白々しい優しさが悲しかった。  別荘に誘われたとき、いよいよかと直感した。  そして今朝、荷物の中に粉末を見つけた。  柏原はアレルギー性鼻炎などの持病持ちで、数種類の薬を飲んでいる。  常備薬はピルケースに綺麗に整理して入れてある。  しかし、粉末の小袋はピルケースの外にあり、袋にバツ印がつけてあった。  柏原に殺されると確信した。  満子は小袋の中身を他の薬の粉末とすり替えて、荷物の中に戻した。  バツ印の粉末は、柏原の料理に入れた。  元々満子も劇薬を用意していたのだが、柏原自身が用意した毒で復讐しようと考えた。  柏原は毒薬を入れた白ワインを満子に飲ませたつもりだったが、ただの粉薬だった。 「柏原ってのはとんでもない(ヤツ)だったね。死んで当然だ」  浜田は首をすくめると、テーブルにワイングラスを置いた。 「ちょっと用足してくる」  椅子から腰をあげて廊下の方に足を向けようとしたが 「あれ?」  浜田は椅子の背もたれをつかんで、二、三度瞬きをした。  首を左右に振る。 「うわ、目が回る」  床にがくんと両膝を落とし、背もたれにもたれかかったが、力が抜けたように背中から床に倒れた。 「うっ……」  くぐもった声を漏らし両手で喉元を掻きむしる。  苦悶に歪んだ顔がみるみる青ざめる。 「みつこ……おまえ……」  浜田の右手が宙を掴むように伸びて、ぱたりと床に落ちた。  満子は横たわる浜田にそっと近づいた。  腰をかがめ、息があるかたしかめようと、浜田の鼻先に右手を伸ばす。  突然、浜田が両目をカッと見開いた。  満子は驚いて息を飲み、慌ててテーブルのワインボトルを掴むと、両手でボトルの首を握り締め、渾身の力で何度も浜田の顔面に振り下ろした。
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