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5
満子と浜田は柏原の死体を寝袋に詰めると、二人で地下の倉庫に運んだ。
地下倉庫は備蓄用の食料やワインセラーが置いてあり空調が管理されている。すぐに死体が腐る心配はなかった。
二人はダイニングに戻ると、散乱した料理を片付けテーブルクロスを変えて、あらためてワインで乾杯した。
「部長……こんなことにまで巻き込んでしまって……」
「いや気に病むことはないよ」
浜田がきっぱりと否定する。
「満子さんから柏原のことを聞いて、年甲斐もなく嫉妬していた。だからこれで僕もすっきりしたよ。ようやく君を独り占めできる」
浜田は満足気にワインで唇を湿らせた。
「部長これ、柏原が持ってたんです。中身は私がすり替えたけど」
満子はテーブルの上に透明のビニールの小袋を置いた。
袋の表面に黒の小さな文字でバツ印が書いてあり、白い粉末が透けて見えている。
「ん? これは……?」
浜田が怪訝な目を向ける。
満子は経緯を話した。
今朝、柏原が渓流釣りに出掛けている隙に、満子は柏原の荷物を調べた。
というのは、柏原が自分を邪魔に思っていることに気づいていたからだ。
三年前、柏原の子を身籠ってから彼の態度が変わった。
妊娠を告げたとき、あからさまに迷惑そうな彼に、満子は、産んで一人で育てるといった。
認知もいらないと。
しかし柏原は、首を縦に振らなかった。
満子は泣く泣く堕ろした。
そのことは今だに後悔している。
それ以来、柏原は他人行儀になった。
あるとき、自分が寝ていると思ったのか、柏原は声を顰めてどこかに電話をしていた。
「満子とはじきに別れるから」
背中越しに、しかし、はっきりと耳にした。
柏原には自分のほかにも女がいる。
その後、目を盗んでスマホをチェックすると、睨んだとおりだった。
そしてひと月前、裏帳簿が発覚するかもしれないと相談したとき、柏原は明らかに動揺していた。
ところが、最近急に優しくなった。
企みを隠すための白々しい優しさが悲しかった。
別荘に誘われたとき、いよいよかと直感した。
そして今朝、荷物の中に粉末を見つけた。
柏原はアレルギー性鼻炎などの持病持ちで、数種類の薬を飲んでいる。
常備薬はピルケースに綺麗に整理して入れてある。
しかし、粉末の小袋はピルケースの外にあり、袋にバツ印がつけてあった。
柏原に殺されると確信した。
満子は小袋の中身を他の薬の粉末とすり替えて、荷物の中に戻した。
バツ印の粉末は、柏原の料理に入れた。
元々満子も劇薬を用意していたのだが、柏原自身が用意した毒で復讐しようと考えた。
柏原は毒薬を入れた白ワインを満子に飲ませたつもりだったが、ただの粉薬だった。
「柏原ってのはとんでもない男だったね。死んで当然だ」
浜田は首をすくめると、テーブルにワイングラスを置いた。
「ちょっと用足してくる」
椅子から腰をあげて廊下の方に足を向けようとしたが
「あれ?」
浜田は椅子の背もたれをつかんで、二、三度瞬きをした。
首を左右に振る。
「うわ、目が回る」
床にがくんと両膝を落とし、背もたれにもたれかかったが、力が抜けたように背中から床に倒れた。
「うっ……」
くぐもった声を漏らし両手で喉元を掻きむしる。
苦悶に歪んだ顔がみるみる青ざめる。
「みつこ……おまえ……」
浜田の右手が宙を掴むように伸びて、ぱたりと床に落ちた。
満子は横たわる浜田にそっと近づいた。
腰をかがめ、息があるかたしかめようと、浜田の鼻先に右手を伸ばす。
突然、浜田が両目をカッと見開いた。
満子は驚いて息を飲み、慌ててテーブルのワインボトルを掴むと、両手でボトルの首を握り締め、渾身の力で何度も浜田の顔面に振り下ろした。
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