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6
ラベルが血塗れのワインボトルを右手にぶら下げたまま満子は、しばらくぼおっと浜田の死体を眺めていたが、足の裏に生温いものを感じて我に返った。
浜田の割れた額から流れる血が床を伝い、満子の足下に血溜まりをつくっていた。
足を上げるとびしゃっと血の音がする。
スカートやブラウスも血で染めたようだった。
ひとまず満子は浜田の死体を寝袋に詰め込み、ずるずると血の跡を引きながら地下の倉庫に運んだ。
念のため倉庫の扉に外から鍵をかけた。
いったんリビングに戻り、床や階段に着いた血液を時間をかけて拭き取った。
血を吸って真っ赤になった雑巾やペーパータオルは、次々と暖炉の炎で燃やした。
ひととおり掃除を終えると、風呂場で裸になった。
鏡に映る、乱れ髪が汗で張りつき返り血を浴びた自分の姿に寒気がした。
熱いシャワーで全身を丹念に洗い流した。
裸のままリビングに戻った満子は血染めの服を暖炉に放り込み、下着から全てを新品に着替えた。
自分でも驚くほど冷静だった。
浜田を殴り殺すつもりはなかった。
柏原を殺した薬の残りで死んでくれればよかったのに、薬が足りなかったのか。
咄嗟の行動とはいえ、酷いことをしたと頭では思った反面、浜田の顔にワインボトルを叩きつけながら、妙な高揚感があった。
浜田と男女の関係にはなったが、やはり生理的に無理だった。
行為のときは頭で他のことを考えて心を守った。
浜田が生きている限り、これが一生続くのかと思うと地獄だった。
いっそ二人とも殺せば、横領を知る者はこの世からいなくなる。
いずれ発覚しても、裏帳簿には浜田の承認印が押してある。
浜田に脅されてやったと言えばいい。
満子はここまで考えをまとめると、思いきり伸びをした。
重い重圧から自由になった解放感で晴れやかな気分だ。
「そうだ」
満子はリビングと玄関を仕切る中扉を出て玄関まで行くと、玄関扉を開けて扉の下にドアストッパーをかませた。
中扉も開けたままストッパーで固定し、リビングとウッドデッキの間の窓を全開にした。
ウッドデッキから玄関までが一直線につながり、冷たい外気が通りすぎ、部屋に篭った血の匂いを澄んだ風が外に運んで消し去ってゆく。
ウッドデッキの柵に身を乗り出して夜空を見上げた。
澄んだ夜空に、視界を埋め尽くすほどの星が煌いている。
その中空に下弦の月がひときわ白く浮かんでいた。
「きれい……」
スマホのカメラで何枚かシャッターを切った。
両手を広げ胸いっぱいに空気を吸い込んだそのとき、強烈な異臭がした。
つい数時間前に嗅いだ覚えがある臭いだった。
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