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外へ出て電話をかけると、父がすぐに出た。
「もしもし。ラインを読んだよ。俺抜きで話して良いから」
「そうか。3人で食事をしないか?」
「それは考えておくよ。まだそんな気持ちになれないから」
「分かった」
「お父さん、お母さん、俺。それぞれに居場所が出来たんだ。それだけの話だよ。もう寂しくないからね。裕理さんも夏樹も、みんながいるから。たまに連絡を入れるからね……」
「待っている。私の方からも……」
「交換条件を忘れないでよ?無視して再婚したっていいけど」
「……」
「じゃあ、元気でね!」
電話を切った後、両目から涙が溢れてきた。 ハンカチで拭かずに、流しっぱなしにした。そうすれば、今までの思い出も涙と一緒に流れ落ちると思ったからだ。
「あ、裕理さんからだ……」
するとその時だ。早瀬から電話がかかってきた。泣いていたことは隠さない。早瀬の前では、ありのままに振舞うと約束をしたからだ。あの絵本の表紙のイラストのように、指切りげんまんをした。ずっと続いていく約束だ。電話に出ると、優しい声が耳に入り、ホッとして、笑顔と一緒に新しい涙があふれ出た。
「裕理さん……っ」
「どうした?何があった?」
「お父さんが、お母さんと離婚の話し合いをするって連絡が入った。お父さんと電話で話したところだよ」
「そうか。今日は定時で帰る。留守番はできるか?」
「出来るよ。平気だから。裕理さんが帰って来たくれたら、それでいいよ」
「必ず帰るよ」
「お父さんに『元気でね』って言ったんだ……」
「ゆうとくーん。そういう事を言ってはいけません」
「言った言葉は帰って来ないよ」
「今から電話をして、訂正しておけ」
「何て言うんだよ?」
「ばいばい。また明日ね。連絡するよ。そう言ってごらん」
「うん……」
「すぐに言わないと噛みつくぞ?パンケーキはお預けだ。ビーフシチューは来年まで食べられない」
ここまで言われるとは思わなくて、どんどん笑いが込み上げてきた。だから、しぶしぶ返事をした。
「分かったよ……」
「返事は『はい』だよ」
「はい!」
早瀬と俺の笑い声が同時に起きた。シリアスな空気が続かなくて、泣いているのが馬鹿らしくなってきた。本当は魔法なんて信じていない。それでも、魔法に架けられてしまった。愛する人から呪いを解いてもらった後、別の魔法使いから、音楽という魔法を架けてもらった。
あの日のキミは、強引で優しい魔法使いだった。これから新しい家を探す。どんな家だろう?森の中だろうか?海のそばだろうか?どこでもいい。一緒に食事をして笑い合って眠る。それだけのことが、やっと叶った。
ばいばい。また明日ね。連絡するよ。
父へ電話をかけて、そう伝えた。
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