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 早瀬が真剣な顔をしている。俺は戸惑った。自然と後ずさりをすることで頬から手が離れて、ホッとした。 「な……、なに?」 「ソースが付いているよ」  また早瀬の手が俺の頬に触れた。そして、彼の指先で拭われた感触が起きた後、彼が俺の頬についていたソースを指先で取り、その指先を舐めた。これは恋人同士でやることではないだろうか。そう思うと、背中が冷たくなった。俺は男の恋人は欲しくないからだ。 「げええええっ」 「どうしたの?」  俺の様子を見て、早瀬が声を立てて笑い始めた。それには含みがあるように感じたのは、お互いの顔の距離が近づいた気がしたからだ。そして目が反らせないのは、視線を絡め取られたからでもある。 「お、おいーっ」 「どうしたの?」 「ガンを飛ばすなよ!」 「飛ばしていないよ。見つめ合っているだけだ」 「男同士でやめろよ」 「偏見がある?」 「それはないよ。夏樹は同性のパートナーがいるし」 「そうか」  このタイミングで視線を逸らしたから、絡め取られないように俯いた。落ち着かなくて、息が上がりそうだ。喉まで渇いてきて烏龍茶へ口を付けた。 「よかった。偏見がなくて。僕も同性が好きなんだ」 「ごほ……っ」 「ああ、驚かせてごめんね」 「あ……、いえ。こっちこそすみません。いきなりで驚いただけです!」  さすがに失礼だった。慌てて謝ってグラスに口を付けた。ここでペースを取り戻しておこうとすると、また笑い声が聞こえてきた。 「敬語を使ったね。ペナルティーを受けてもらうよ」 「ぶほ……っ。ごほ……っ」  大きくむせ返りながら見上げると、早瀬が意地悪そうな顔で笑っていた。 「ペナルティーって言われても困るよ!」 「敬語を使ったらペナルティーだと告げたよ。その時に『NO』だと言われていない」 「う……っ。あの時は……」 「毎週水曜日に食事に行こう。バイトがなかったはずだよね?」 「そうだけど……」 「じゃあ決まりだ。水曜日に限らず誘うよ。連絡先を交換しよう」 「『NO!』」 「へえ……」  早瀬の両目が輝いた後、顔を近づけてきた。そして、耳の辺りに口元が寄せられて囁かれた。 「『モップ』」 「あ……」  オーナーには、バラされたくない。どう言い返すべきかと押し黙っていると、頭を撫でられた。 「いい子だね。けっこう聞き分けがいい」 「……変質者!」 「そうじゃないことを証明していくよ。僕のことは呼び捨てでいいよ」 「まだそこまで仲良くないから!」 「ああ……、グラスが空だね」  早瀬がスタッフに頼んだのは、温かい珈琲だった。冷たい烏龍茶で体が冷えていて、飲みたいと思っていた。それを飲んでいる間も微笑まれて、居心地の悪い思いをした。
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