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2-1 強引な誘い
5月16日、水曜日。12時。
早瀬との出会いの後から約一週間が経った。そして、大学入学後、一か月半が経った。中高一貫校で学んだから、顔ぶれが一新されたことが不安でありつつ、楽しい気持ちでいた。今はリラックスして過ごせている。
昼食の拠点は、沢山ある学食の中の『薄味』という店に決めた。ビュッフェ形式で、メニューの数が多い。ご飯がおかわり自由だ。ただし名前の通り薄味だから、濃い味派の学生には不評だ。そのため、昼どきでも半数しか席が埋まっていない。
今、その学食『薄味』に来ている。同じテーブルには、夏樹と森本と山崎がいる。夏樹と森本の2人は高校時代からの付き合いだ。夏樹と山崎とは大学で知り合った。この大学は、2年生までは全員が教養学部に入る。3年生で学部を選択するシステムだ。受験時に希望した学部は法学部だ。夏樹も同じだ。森本と山崎は理学部だ。気が合い、自然と4人で過ごすことが増えた。
夏樹が口元にソースをつけたまま話している。森本は慣れているのか、平然としている。お互いにイベリコ豚丼を食べているが、その量には大きな差がある。いくら細身とはいえ、夏樹が食べている豚丼は普通サイズの茶碗に盛られていて、男子大学生が食べるのには少ないと思った。
(小食だって言うけど、少なすぎるなあ。黒崎さんからも、もっと食べるように言われているんだっけ。この間、熱を出していたなあ。大丈夫かな……)
夏樹のことが心配だ。森本も同じ事を思っているようで、もっと食べろと夏樹に声をかけた。そのやりとりを見ながら、早瀬のことが思い浮かんだ。早瀬は、前の会社では、黒崎さんの秘書をしていたそうだ。その関係で、夏樹のことを高校まで送っていくこともあり、親しくなったと、夏樹が言っていた。俺の思っていることを見破られるのは、秘書をやっていた経験からだろうか。それとも俺が顔に出やすいのだろうか。すっかり早瀬のペースに乗せられている。
モップ事件のことはオーナーに知られても良いかと思うようになった。脅されているわけではない。早瀬の冗談だ。それが分かるようになり、彼の話が面白いし、一緒に居て楽しいと思うようになり、今日も会う約束をしている。
スマホを見た。早瀬からの、今日の約束の時間を知らせるラインが入らないから、まだ来ないのかと気になっている。すると、夏樹が落ち着かない俺のことを見つめてきた。
「悠人。さっきから落ち着かないね。スマホを見ているけど、何かあったの?」
「今日の約束が何時になるのか、ラインが入る予定なんだ。まだだから、気になっているんだ」
早瀬との友達付き合いの件を、3人には話してある。ただし心配をかけるから、ペナルティーが理由だとは言っていない。 夏樹からすると、早瀬は親切で優しくて、世話好きな人だという。それは当てはまるとは思っている。
「夏樹。早瀬さんとは付き合いが長いの?」
「一年半ぐらいだよ。黒崎さんとは気が合うからっていう理由で、強引に秘書にされたんだって」
「そうだったのかー」
黒崎さんは強引な人なのか。気が合うなら早瀬もそうなのだろう。桜木さんにやっていることは強引だ。
「森本も、早瀬さんと話したことがあったよね?」
「ああ。何回か一緒に送ってもらったからな。いい人だぞ」
「ふうん……」
森本までそう言うのなら、そう危ない男ではないのだろう。あの日に寮まで送ってもらった時は、普通に会話ができた。食事の時は、ふざけていたのかもしれない。
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