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 裏の物置からモップを取り出して、水で濡らして絞った。店内へ戻ろうとすると、歩道に待ち焦がれている人の姿を見つけた。桜木さんがいた。俺は急いで走ってそばに行った。 「桜木さん!あれ?」  彼のそばには、あのイケメン会社員が立っていた。この間のように、強引に話しかけている。桜木さんが顔を引きつらせていても、お構いなしだ。だんだん怒りが込み上げ、モップを持ち上げた。 (これで追い払ってやろう。当てなきゃ問題ないから……)    二人に近づいていくと、会話の内容が聞こえてきた。桜木さんにどこかに誘っているようだ。でも、桜木さんは嫌がっている。そして、イケメン会社員はそれを面白がっているようで、意地悪そうな顔をしていた。 「一緒に行こうよ」 「……行きません」 「いい席だよ」 「その日は予定があるんです。興味もありません」 「はっきり言うね」 「はっきり『NOと言え』と言ったのは、誰でしたか?」 「俺かもね。昼の電話って……」 「やめてください!」    桜木さんが声を荒げた。そして、店内に入ろうとする彼に、イケメン会社員がまとわりついていた。 見て見ぬふりは出来ない。さっそく二人の間に割って入った。 「失礼します!」 「……ん?」 「……悠人君?」 「俺の先輩です!しつこくしないで下さい」 「ああ……、誤解だよ」 「何がですか!?」   イケメン会社員を見据えていると、桜木さんから肩を叩かれた。俺は大丈夫だと言われた。でも、顔が引きつったままだ。桜木さんはいい人だ。我慢しているに違いない。 「悠人君。この人は悪い人じゃないよ」 「桜木さん……。だから……」  本当に彼は良い人だ。だからこそ、俺が悪者になろうと決めた。店の前で子供っぽいやり取りをしているから目立っている。歩道には沢山の人が行きかっているからだ。周りからの視線が注がれていて、早く桜木さんをイケメン会社員から引き離そうと思った。俺はイケメン会社員にモップを突き付けて、歩道の端へ進ませた。俺がやっていることに、イケメン会社員が驚いている。 「誤解だよ。桜木君とは同じ職場だ。知り合いだ」 「尚更悪いですよ!セクハラ、パワハラ!」 「違うよ」 「本人はそう言いますよね」 「はあ……」 「ため息を付きたいのは、こっちだよ!」  モップを突きつけたままで、イケメン会社員のことを見つめた。どこから見ても爽やかな人に見える。でも、やっていることは子供っぽい。人は見かけによらないという。まさかあの人がそんなことをするなんてという話を聞いたことがある。桜木さんに何かあったらいけないと思い、俺は騙されないぞと心の中でつぶやき、腹に力を込めて言った。 「この変質者!」 「……誤解だよ」 「本人が決めるもんじゃないから。この目で見たんだよ」 「……何もしていないよ」 「この間は、桜木さんのスマホを勝手に操作してただろ!?店の中から見ていたんだよ」 「悠人君。何でもないから」 「桜木さんは……っ。いい人過ぎます!」  桜木さんが俺のことを止めた。彼はいつも優しく笑っている。バンドのメンバーで食事に行った時、飲み物を倒した俺のことを慰めてくれた。彼が着ていたTシャツが濡れたのに、嫌な顔ひとつしなかった。今回は俺が助けると決めた。    イケメン会社員が困り果てた顔をしている。 もう一押しだと思い、さらにモップを突き付けると、俺達の間に入ってきた人がいた。暗いグレーのスーツ姿の人だ。そしてモップの柄を握ると、グイっと下げた。思いもよらず力が強くて、思わず声が出てしまった。しかしその人は笑っていた。爽やかな笑顔とは対照的な、いじめっ子のようだ。イケメン会社員とは、知り合いのようだ。   「早瀬。何があったんだ?」 「黒崎常務。じつは……」 「上司の人ですか?」 「そうだよ。話を聞かせてくれ」  グレーのスーツ姿の人は、イケメン会社員の上司だと分かった。さっそく、俺は理由を話した。 「この人が、桜木さんのことを追いかけているんです。スマホを奪い取られてたし、さっきは嫌がっているのに、しつこくしていたんです。俺は大学の後輩で、久田悠人と申します」  グレーのスーツ姿の人が俺の話を静かに聞いた後、肩を揺すって笑い出した。笑う話ではないだろう。失礼は承知の上で、非難がましい意見を言った。   「笑い事じゃないですよ?」 「……すまない。夏樹、こっちへ来い」 「え?夏樹?」 「悠人、どうしたんだよ?」  振り向くと、バンドメンバーの夏樹が立っていた。グレーのスーツ姿の人とは知り合い同士のようだ。この状況を見て、困っている顔をしている。そして、俺が突きつけているモップを見て、驚いている。彼を困らせたくない。こうなると、怒りを鎮めるしかない。ここでは話しづらいからと、みんなで店の裏へ移動した。
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